魏志倭人伝 卑弥呼 古事記 日本書記 万葉集 甲骨文字 以音 五経基軸文法による解読

漢文史記は五経文法が採用されています、この五経文法は殷時代の甲骨文字(漢字変換)でも採用されており、古代中国は唐時代の末期で消滅、日本では奈良時代(西暦720年)頃で消滅して現在に至っています、この漢文史記を一字一句解読したブログになります。

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅戸 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その4

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その4

 

【广(まだれ)⇒廐戸】

天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。

 

【閲覧者の皆様へ】

上記を読めますか、つまみ食い的に、【字面⇒父天皇愛之】、次は【令居宮とは?】【南上殿=なんじょうでん⇒?】

 

元年春正月壬寅朔丙辰、夏四月庚午朔己卯

【故稱其名謂】⇒時系列の編纂とした場合、【故⇔薨】、元年夏四月に崩御

廿九年に記述、編纂すればと思われませんか、廿九年にした場合、時系列に問題が生じます、【豐聰耳太子】の仍錄攝政としての功績、病状、隠遁してからの過ごし方が記述された回顧録、及び葬儀礼のあらまし。

 

【故稱其名謂】⇒推古天皇記⇒【廿九年春二月己丑朔癸巳、半夜、厩戸豐聰耳皇子命薨于斑鳩宮。】

 

【浅学非才、うすっぺらな現代、訓読解釈 1

父(かぞ)の天皇、愛みたまひて、宮(おほみや)の南の上殿(かみつみや)に居(はべ)らしめたまふ。

父の天皇(すめらみこと)〔用明〕之(こ)を愛(め)でたまひて宮(おほみや)の南の上(へ)の殿(との)に令居(すまはしめ)たまひき。

【補足】

【正史】 主に国家によって公式に編纂された王朝の歴史書のことである。と現代辞書は述べています。

皆さまがご経験してきた議事録よりひどく、幼稚な現代解釈です、同時期に施行された【養老律令】と内容を比較してみては?

養老律令】古代日本の政治体制を規定する根本法令として機能した。法令としても、近世に至るまで法体系のモデルとして依然として参照され続けた。

 

【浅学非才、うすっぺらな現代、訓読解釈 2

日本書紀』における 仏教漢文の表現と変格語法(上)

推古紀

B群である推古紀は、冒頭から変格語法が多い。

天皇愛之、令居宮南上殿。故称其名謂上宮廐戸豊聡耳太子。(175頁)「称其名謂~(其の名を称へて~と謂う)」は不自然な表現だ。「称A謂B」 

「称A曰B」「謂A曰B」などの形が普通ではないか。ここで「其の名」について「称」の語が用いられたのは、「上宮廐戸豊聡耳太子」が美辞ばかりであるためではなかろうか。

【途中、省略】⇒⇒実際、「上宮廐戸豊聡耳」のうち、「上宮」は特別扱いの住居、「豊聡耳」は聞く能力の高さを意味している。このことから考えると、

 

「厩戸」も単に太子の養育氏族の名とか彼らの居住地というだけにとどまらず(5)、賞賛の意が含まれている可能性もある。

 

そうであれば、厩戸誕生説話を考慮したものということになろう。

【学会、学者の研究論文もよいですが?Α群・β群も糸瓜(へちま)も無い】

文節の字面だけを訓読したり、大和言葉を用い、訓読、1300年前の【鬼畜米英】英語禁止⇔【毛唐、北狄】中華、漢語禁止。

 

1300年前より連々と後生大事に妄信して、現在に至っています、英語をカタカナ読みして文脈を掴めますか?

【本題】

【父天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。】

【天⇔假借⇔てん【転】音韻または語の意味が変化すること。また、変化したもの。】

【父天皇愛】【皇⇔華甲⇔分解・偏旁⇔白王】⇔【白愛⇔はく‐あい【博愛】】

【愛⇔華甲⇔分解・偏旁⇔⿱⿱心夂】⇔【夂之⇔ち‐し【致仕/致▽事】官職を退くこと。また、退官して隠居すること。】

 

【周禮、五経説文解字を理解していないと難度が高くなります】

 

【之令⇒1しじょう⇒2 しれい⇔【転】】⇔【之令⇒1しじょう⇒デタラメではありません】⇔【説文解字⇒《序》⇒《周禮》】

說文解字 : 卷一 : 序 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

六曰假借。假借者,本無其事,依聲託事,「令、長」是也。

【令⇔長(呉音 : ジョウ・漢音 : チョウ)⇔条】⇔【假借者⇔令⇔長・条】

【之令⇔し‐じょう〔‐デウ〕【施条】 物に筋目をつけること。】し‐じょう【史乗】《「乗」は記録の意》歴史上の事実の記録。歴史書。史録。

 

【令・居⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔尸古⇔十口】⇒【令十】⇔じょう‐じゅう〔ヂヤウヂユウ〕【定住】[名](スル)⇒ていじゅう(定住)⇒じょう‐じゅう〔ジヤウヂユウ〕【常住】仏語。永遠不変なこと。変化しないで常に存在すること。⇔無常。

 

【令・居⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔尸古⇔十口】⇒【令口】⇔じょう‐こう〔ジヤウクワウ〕【上皇

【二層目】

【令・居⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔尸古⇔十口】⇒【令口】⇔れい‐こう〔‐カウ〕【霊交】霊的、または精神的な交流。

【令・居⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔尸古⇔十口】⇒【令口】⇔れい‐こう〔‐カウ〕【霊香】不思議なよいかおり。れいきょう。

 

【ちょっと、一休み】

 

【霊香】不思議なよいかおり。れいきょう。

日本書紀 巻第二十二 推古天皇紀 (seisaku.bz)

【三年夏四月、沈水、漂着於淡路嶋、其大一圍。嶋人、不知沈水、以交薪燒於竈。其烟氣遠薫、則異以獻之。】

扶桑略記【ふそうりゃくき】阿闍梨皇圓 (miko.org)

扶桑略記【ふそうりゃくき】阿闍梨皇圓 (miko.org)

三年乙卯春,土左南海,夜有大光,其聲如雷,經卅箇日。夏四月,著淡路嶋南岸。其大一圍,長八尺餘,其香異薫。貢獻朝庭。嶋人不知,交薪多燒。

【注釈】

⇔《康熙字典》⇔又州名,南越地,漢置交州。【書·堯典】申命羲叔宅南交。【蔡傳】南交,南方交趾地。

【本文】

太子奏曰:「是為沈水香。此木名栴檀香木,生南天竺南海之岸。

夏日諸虵相繞此木,冷故也。人以矢射。冬月虵蟄,折而採之。其實雞舌,其花丁子,其脂薫陸。

沈水久者,為沈水香。不久者,為淺香。而今陛下興隆釋敬,肇造佛像。故釋梵感德,漂送此木。」

即有敕:「令百濟工,刻造檀像。」作觀世音菩薩高數尺,安吉野比蘇寺。時時放光。

五月,高麗僧惠慈、百濟僧惠聰等來朝。此兩僧,弘演佛敦,並為三寶棟梁。令住法興寺。是以,件惠慈為太子師。

太子問道,問一知十,問十知百。太子聽政之日,宿訟末決者八人,共聲白事。太子一一辨答,各得其情,无復再訪。

【注釈】

太子奏曰:「是為沈水香。⇒長八尺餘⇒【餘⇒長久。《廣雅•釋詁三》:“餘,久也。”⇒九】⇒【長八尺九=餘】⇒8.3×【隋尺=29.5cm】=262.5cm

【沈水久者,為沈水香。不久者,為淺香。】⇒【沈水香】【淺香】⇒不久者⇔草艾⇔もぐさ(艾呉音 : ガイ、ゲ漢音 : ガイ艹乂)⇔灸⇔不【レ】⇔久者⇔【不】⇔字はもと象形、花の蕚柎(がくふ)の形。花のつけ根。(字通)

【者⇔職人】⇔製造。

而今陛下興隆釋敬,肇造佛像。】⇒⇒肇造⇒ちょう‐ぞう テウザウ【肇造】 国家などを初めてつくること。

【令百濟工,刻造檀像。⇔摺箔、刻造檀像】【作觀世音菩薩高數尺⇔3尺⇔90.19cm】⇔262.5cm-90.19cm=172.4cm

蘭奢待との関係は不明】ただし、蘭奢待は《權謀》で記述された名称。

 

蘭奢待解読】

 

【蘭⇒華甲、分解、偏旁⇒假借⇒艹⇒聰。闌⇒門柬⇒柬⇒假借⇒八卦表記⇒坎⇒耳】

《權謀⇒奢》

先秦兩漢 - 奢 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

《權謀》

【奢⇒⇒華甲、分解、偏旁⇒大者⇒耂日⇒丶日⇒日,太阳之精也。从囗一,象形。——《文》⇒假借⇒大囗⇒假借⇒大皇】

【待⇒⇒華甲、分解、偏旁⇒彳寺⇒土寸⇒士寸⇒假借⇒大士⇒太子⇒大師】

【注釈】

【蘭⇒華甲、偏旁⇒艹闌⇒門柬⇒柬⇒呉音 : ケン漢音 : カン】⇔【蘭⇒艹⇒門⇒東⇒呉音 : ツウ(ツゥ)漢音 : トウ(トゥ)】

上記により、周禮、説文解字の文法法則が構成され【権謀】がせいりつします。

蘭⇒艹⇒門⇒東⇒後天八卦方位⇒青⇒假借⇒聖

 

【本題】

【父天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。】

1 【居宮⇔こうぐう】⇒【居⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔尸古⇔十口】⇒【口=こう】【宮=ぐう】⇒【口宮⇔こうぐう】⇔假借⇔こう‐ぐう〔クワウ‐〕【皇宮】天皇の宮殿。皇居。宮城(きゅうじょう)。こうきゅう。

 

2 【居宮⇔こうこう】⇔【宮⇔華甲⇔分解・偏旁⇔1宀呂、2口丿口】⇒【口=こう】⇒【居宮】⇒假借⇒【こう‐こう〔クワウカウ〕【皇考】】

 

【皇考の現代辞書の誤訳解釈と(考)の漢語についての注釈】

1 【こう‐ぐう〔クワウ‐〕【皇宮】】⇒【現代辞書の意味】⇔【在位中の天皇が亡くなった先代の天皇を言う語。】誤解釈。

 

 

【周礼、五経説文解字

【皇考】⇔【古代称“曾祖父”:皇考者,曾祖也。】⇒【者】⇔【【(廟)】⇒廟、祖先や個人の霊を祀る建物。】

 

【考】⇔【説文解字⇒《序》⇒《周禮》】

【五曰轉注。轉注者,建類一首,同意相受,「考、老」是也】⇔【考=こう、老=ろう⇒同意相受】⇔【轉注者】⇔【転⇔天】

 

【本題】

【父天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。】

【居宮⇔こうこう⇒假借⇒皇考・老⇒(こうこう・こうろう】⇒【こうろう】⇒假借⇒こう‐ろう〔カウラウ〕【高朗】[名・形動]気高く、明朗なこと。また、そのさま。こう‐ろう〔‐ラウ〕【功労】大きな功績と、そのための努力。

 

字面⇒假借⇒【令居宮南上殿】⇒【令居⇒こうろう⇔こう‐ろう〔カウ‐〕【高楼】高く造った建物。たかどの。】

 

字面⇒假借⇒【令居宮南上殿】⇒【南上⇒けいじょう⇒假借⇒けい‐じょう〔‐ジヤウ〕【京城】王宮のある所。みやこ】

 

【二層目】

【宮南⇒こうけい⇒宮⇒【宮⇔華甲⇔分解・偏旁⇔1宀呂、2口丿口】⇒【口=こう】】【南⇒華甲⇔分解・偏旁⇔十冂𢆉】⇒【冂⇔漢音 : ケイ(クヱィ)】⇔【口冂⇒こうけい】⇒假借

こう‐けい〔クワウ‐〕【皇継】天皇の位を継ぐ者。皇嗣(こうし)。こう‐けい【公×卿】 古代中国の三公と九卿(きゅうけい)。こう‐けい〔クワウ‐〕【皇系】天皇の血すじ。皇統。

こう‐けい【後継】1 前任者や師・先輩などから、事業・学問・地位などを引き継ぐこと。また、その人。あとつぎ。

 

【三層目】

【上殿⇒(転⇒しょうてん⇒しょう‐てん【昇天】1 天高くのぼること。「旭日(きょくじつ)―の勢い」】

 

字面⇒假借⇒【故稱其名謂上宮】

【故稱】⇔假借⇔こ‐しょう【古称】古い名称。昔からの呼び名。

【其名】⇒【其⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔八⇔分別】⇒【其⇔説文解字⇔分別】⇒【其⇔別】

【周禮、五経説文解字を理解を基軸に解読しないと下記のような論法になる。】

 

日本書紀』における 仏教漢文の表現と変格語法(上)

推古紀

B群である推古紀は、冒頭から変格語法が多い。

天皇愛之、令居宮南上殿。故称其名謂上宮廐戸豊聡耳太子。(175頁) 

「称其名謂~(其の名を称へて~と謂う)」は不自然な表現だ。「称A謂B」「称A曰B」「謂A曰B」などの形が普通ではないか。

ここで「其の名」について「称」の語が用いられたのは、「上宮廐戸豊聡耳太子」が美辞ばかりであるためではなかろうか。

実際、「上宮廐戸豊聡耳」のうち、「上宮」は特別扱いの住居、「豊聡耳」は聞く能力の高さを意味している。このことから考えると、「厩戸」も単に太子の

養育氏族の名とか彼らの居住地というだけにとどまらず(5)、賞賛の意が含まれている可能性もある。そうであれば、厩戸誕生説話を考慮したものということになろう。

 

【補足】

【ではないか。】【ではなかろうか。】【考慮したものということになろう。】

言葉の使い方に長けて居る

 

【本題】

【父天皇愛之令居宮南上殿、故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。】

【名謂⇔こうい⇔假借⇔こう‐い〔クワウヰ〕【皇位天皇の位。帝位。】

【謂上】⇒假借⇔委譲⇔[名](スル)権利・権限などを他の人・機関に譲って任せること。

 

【四層目⇔編纂注釈記述】

【稱其】⇒假借⇒しょう‐き〔シヤウ‐〕【詳記】[名](スル)くわしく書き記すこと。また、その記録。しょう‐き〔シヤウ‐〕【掌記】1 事務の記録や文書の作成にあたること。また、その役。右筆(ゆうひつ)。書記。

【其名⇒きこう】⇒【名⇒⇔華甲⇔分解・偏旁⇔【口=こう】】⇒假借⇒き‐こう〔‐カウ〕【機巧】2 いろいろと才知をめぐらすこと。

【名謂⇔こうい⇔假借】⇒こう‐い〔クワウヰ〕【皇位天皇の位。帝位。

【謂上⇒いじょう⇒假借⇒委譲】

【謂上⇒こうじょう⇒假借⇒考・上⇒丄⇒定⇒考定】

 

【現代辞書?理解できないデタラメ解釈】

こう‐じょう〔カウヂヤウ〕【▽定▽考】

《「定考」と書いて「こうじょう」と転倒して読むのが慣例。

 

【本来の漢字解釈】

【▽定▽考】⇒デタラメ⇒【考・上⇒丄⇒高也。此古文上,指事也。凡丄之屬皆从丄。臣鍇曰:“本乎天者親上,故曰‘指事’,班固謂之‘象事’。

臣鍇曰:“《易》曰:‘窮上反丅也。’謂王者上徹天道,則反下謀民事也。】

【考・上⇒丄⇒高也。。臣鍇曰:“本乎天者親上⇒臣鍇曰:“《易》曰:‘窮上反丅也。⇒丅】⇒【丅】⇒【考定】⇒【定⇒華甲、分解⇒偏旁⇒丅⇔定】⇒【考定】

【補足】

天子・天皇が宣う場合⇒天者親上】【臣・臣下が奉唱する場合⇒《易》曰:‘窮上反丅也。】⇒⇒【丅】⇒【考定】⇒【定⇒華甲、分解⇒偏旁⇒丅⇔定】⇒【考定】

 

【聖德】⇔【聖德の漢字使用の不文律を回避するための四教、【字彙】、儒家、周禮、五経、を引用して文脈に採用した記述。】

儒家】⇔【説苑】⇔【権謀⇔臨機応変のはかりごと。】⇔【日本書紀⇔【機巧】2 いろいろと才知をめぐらすこと。】

說苑 : 權謀 - 聖人 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

孔子曰:「聖人轉禍為福,報怨以德。」此之謂也。

【謂⇒聖⇒德⇔聖德】

【転】

【上宮⇔ていきゅう】⇒假借⇒てい‐きゅう〔‐キフ〕【×啼泣】[名](スル)声をあげて泣くこと。「遺体にすがって―する」⇒てい‐きゅう〔‐キフ〕【×涕泣】[名](スル)涙を流して泣くこと。「訃報(ふほう)に接して―する」

【上宮⇔じょうこう⇔假借⇔じょう‐こう〔ジヤウクワウ〕【上皇】1 天皇が位を退いてからの尊称。太上(だいじょう)天皇。下居(おりい)の帝(みかど)。】

 

【転】

【謂上⇒転・轉注⇒いしょう⇒假借⇒衣裳】

説文解字を】⇔屈原曰:製芰荷以為衣,芙蓉以為裳。楊雄則曰:衿芰茄之緑衣,被芙蓉之朱裳。

【宮廐⇔ぐうし】⇔假借⇔ぐう‐し【×藕糸】蓮の茎や根の細い繊維。蓮の糸。

【蓮⇔荷⇔芙蓉】⇔同意

【廐戸⇔げんし】⇒假借⇒げん‐し【原糸】織物を織る場合、または、撚糸(ねんし)を作る場合に、もとになる糸。

 

【廐戸⇔きゅうご】⇔九五⇔《易で、九を陽とし、五を君主の位に配するところから》天子の位。

 

【戸豐】⇒假借⇒し‐ほう〔‐ハフ〕【×諡法】おくりなの付け方。

 

【豐聰】⇒ほうそう⇒假借⇒ほう‐そう【奉送】[名](スル)身分の高い人をお見送りすること。

【聰耳】⇒假借⇒そう‐じ【×聡耳】すばやく聞きとる耳。転じて、よく理解する能力。そう‐じ【送辞】送別の言葉、おくる別れの言葉。

【太子⇒たいし】

【太子⇒だいし⇒假借⇒大師】

 

【補足】

【隋書】⇔【與太子】⇒【古事記⇒上宮之厩戸豐聰耳命】⇒【日本書紀⇒上宮廐戸豐聰耳太子。】

 

【注釈】

【権謀⇔臨機応変のはかりごと。】⇔【日本書紀⇔【機巧】2 いろいろと才知をめぐらすこと。】

上記の文法を用いて【聖】【徳】を記述していますが、大唐、唐の【とう‐せい〔タウ‐〕【唐制】中国、唐の制度。】の許可がおりません。

【廿九年春二月己丑朔癸巳、半夜、厩戸豐聰耳皇子命薨于斑鳩宮。】

 

【次回、ブログ投稿】

 

儀礼のあらまし、【聖】【徳】の結末、日本の正史【日本書紀】になぜ、編纂されなかったのか。

 

【厩戸豐聰耳皇子命】⇒【上宮之・上宮】の漢字が外された理由。

 

【補足】

【尊】【命】は、当方のブログ投稿で何度も述べていますが【百位の英霊】で中庸(ちゅうよう)からの引用.

最高位【聖人⇔聖】【神⇔故夫賢聖者,道德智能之號;神者】【大夫以下廟之別名⇔尊・命】

 

聖徳太子研究の最前線」

石井公成

2022年12月30日 | 聖徳太子信仰の歴史

太子関連の資料のうち、比較的信頼度が高い『上宮聖徳法王帝説』では、太子は「王命(ミコノミコト)」と呼ばれているが、資料によって「皇子命」「皇子尊」などと呼ばれるこのミコノミコトの最初は太子であり、それは後の皇太子につながるような特別な位置を意味したと考えられる、と説くのです。

 

ただ、太子が関わったのは、十七條憲法の制作、仏教の興隆、仏典の講義・注釈などに限られ、外交に直接関与した形跡は見られないため、「太子の役割は推古天皇や馬子大臣の統治に対するアドヴァイザーに終始したのではなかったか」と見ます。

 

【注釈 1

【隋書】【舊唐書】等を解読してから論じてもらいたい。

通説誤訳の【古事記日本書紀】と比較して、この解読と何が違うかわかりますか?。

 

通説誤訳は【浅学非才】の知識で表音を漢字に当てているため、熟語、駢字が不十分で文脈が幼稚になり、正史としての役割をはたしていない。

 

当方が、この解読法に至るまで【漢語、漢字⇒キーワード⇒記録、伝達⇒文法⇒法則⇒機密保持】から始めました。

 

下記が解読できれば、古事記日本書紀も解読できます。

周禮、五経八卦表記の解字を説明しています【象形】【指事】【會意】【形聲】等で同意と記述しています、理解できますか。

 

說文解字注 : 說文解字注 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

 

不偁其名。許云:司馬牼,豈卽司馬耕與。外此昭年、一年宋有華牼,孟子書有宋牼,皆不傳其字。

【其】

6 注解:解也。廣韻曰:捨也,解也,散也,消也,廢也,服也。按其實一解字足以包之。從採。採,取其分別

 

【注釈 2

【現代辞書】【中国語辞書】で【假借表音=ひらがな⇒検索】すると該当する熟語が一覧されています、字面から解読してみては?

英語をカタカナ読みしている皆様へ、漢語、漢字の字源は何所から伝わったのか、中國、日本?

甲骨文字、金文、倉頡、周禮、五経説文解字、【四教】【字彙】を倭、日本は手本としてきました。

聖徳太子】【聖⇔正】【徳⇔(德)也。當作登。辵部曰:遷,登也。此當同之。德訓登者。】

佛教用入正道。《大乘義章》第十七:“會正名聖,正謂理也,理無偏邪,故説為正,證理捨凡説為聖矣。”

 

【聖⇔正】【徳⇔登也。此當同之。】⇒【聖⇔正⇔せい】⇒【徳⇔登・當⇔とう】⇒假借⇒せい‐とう【正統】 正しい系統・血筋。嫡流

字面⇒⇒⇒【聖徳太子・大師】

二層目⇒⇒【正統太子・大師】

 

聖徳太子】の葬儀礼の記述で、学者、学会ではれい‐こう〔‐カウ〕【霊香】ぐう‐し【×藕糸】い‐しょう〔‐シヤウ〕【衣装/衣×裳】し‐きゅう【×梓宮】の現代訳では見つけることができない。

今回はこのへんで。

次回

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その5

廿九年春二月己丑朔癸巳、半夜、厩戸豐聰耳皇子命薨于斑鳩宮。

 

 

 

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅戸 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その3

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その3

 

【廏戸】の漢字について

 

古事記⇔写本下巻原文漢字】⇔【検索、漢語】⇔【漢字辞典⇔部首⇔广(まだれ)】⇔【廏戸】⇔【廏:漢音 : キュウ(キウ):呉音 : ク】【戸:漢音 : コ:呉音 : グ(表外)、ゴ(表外)

古訓古事記. 上,中,下巻 / 太安万侶 [撰] ; 本居宣長 [説] ; 長瀬真幸 [訓] (waseda.ac.jp)

PDF⇒五十四⇔廏戸

 

国立公文書館 デジタルアーカイブ (archives.go.jp)

日本書紀10 (archives.go.jp)

日本書紀11 (archives.go.jp)

簿冊標題:日本書紀⇒NO 45⇒NO 46

日本書紀⇔写本⇒用明天皇紀⇒推古天皇記⇒3件:漢字】⇔【検索、漢語】⇔【漢字辞典⇔部首⇔广(まだれ)】⇔【廐戸】⇔【廐:漢音 : キュウ(キウ):呉音 : ク】【訓読み:うまや】⇔【戸:漢音 : コ:呉音 : グ(表外)、ゴ(表外)

 

日本書紀⇔写本⇒推古天皇記⇒2件:漢字】⇔【検索、漢語】⇔【漢字辞典⇔部首⇔厂(がんだれ)】⇔【厩戸】⇔【厩:漢音 : キュウ(キウ):呉音 : ク】【訓読み:うまや】⇔【戸:漢音 : コ:呉音 : グ(表外)、ゴ(表外)

国史大系 第6巻 日本逸史 扶桑略記 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

扶桑略記】⇔⇔【検索、漢語】⇔【漢字辞典⇔部首⇔尸(しかばね・かばね・しかばねだれ・しかばねかんむり・かばねだれ)】⇔𡳅【【尸+既】𡳅戸】⇔𡳅【【尸+既】【戸】

【尸+既】

𡳅的解释|𡳅的意思|汉典“𡳅”字的基本解释 (zdic.net)

【廣韻】【集韻】去例切,音憩。【玉篇】心息也。今爲憩。

𡳅【尸+既】⇔異体字⇔憩⇔漢音 : ケイ:呉音 : カイ(表外)

K'sBookshelf 辞典・用語 漢字林 尸部 (ksbookshelf.com)

𡳅【尸+既】𡲽尸3 13=総画数16 u 21cbd [キ、ケ/]𡳅【尸+既】

 

歴史学会、国文学会の学者の誤訳、誤読も永年にわたり流布すれば真実に見える。】

古代中国の倉頡、周禮、五経を基軸にした漢語、漢字の意義を軽んじて【廐戸・厩戸⇔うまやど】などと味噌も〇〇も一緒にしている姿は哀れである。

 

扶桑略記】⇔𡳅【【尸+既】𡳅戸】⇒⇒各、学者がどのように読むのか聞きたい。研究、論文がデタラメ誤訳なので、自己保身に走り、誤写、脱字と言い逃れを言うのか、

 

森博達氏は【α群・β群区分説、α群中国原音説】⇔α群は中国人によって書かれ、β群は日本人によって書かれているとしているが、倉頡、周禮、五経説文解字を理解していない。

 

正しければ文脈を解読できなければならない。

 

【廏戸】の漢語、駢字の倉頡、周禮、五経説文解字を基軸活用について。

【廏戸】【廐戸】【厩戸】⇒字面(じづら)⇒【漢音、呉音⇒キュウゴ】⇒假借⇒【九五】⇒易⇒きゅう‐ご〔キウ‐〕【九五】《易で、九を陽とし、五を君主の位に配するところから》天子の位。

 

二層目⇒文脈⇒【厩戸】⇒【漢字辞典⇔部首⇔广(まだれ)】⇒【厩⇒偏旁⇒广既】⇒【广】⇒【戸⇒一尸】⇒【尸=シ】⇒【漢音、呉音⇒ゲンシ】⇒假借⇒

 

廐戸皇子⇒廐戸皇子⇒廐戸皇子⇒⇒げん‐し【原姿】文献などの、もとのすがた。げん‐し【厳旨】 きびしい命令。また、その趣旨。げん‐し【玄旨】物事の奥深い内容。深遠な道理。

廐戸⇒げん‐し【原姿】文献などの、もとのすがた。げん‐し【厳旨】 きびしい命令。また、その趣旨。げん‐し【玄旨】物事の奥深い内容。深遠な道理。

 

二層目⇒文脈⇒【厩戸】⇒【漢字辞典⇔部首⇔厂(がんだれ)】⇒【厩⇒偏旁⇒厂既】⇒【厂】⇒【戸⇒一尸】⇒【尸=シ】⇒【漢音、呉音⇒カンシ】⇒假借⇒かん‐し【敢死】死を覚悟すること。

 

三層目⇒文脈⇒【厩戸】⇒【漢字辞典⇔部首⇔厂(がんだれ)】⇒【厩⇒偏旁⇒厂既】⇒【既】⇒【戸⇒一尸】⇒【尸=シ】⇒【漢音、呉音⇒キュウシ】⇒假借⇒きゅう‐し〔キウ‐〕【九死】ほとんど命が助かりそうもないような危ない状態。

 

四層目⇒文脈⇒【厩戸】⇒【漢字辞典⇔部首⇔厂(がんだれ)】⇒【厩⇒偏旁⇒厂既】⇒【既】⇒【戸⇒一尸】⇒【尸=シ】⇒【漢音、呉音⇒キュウシ】⇒假借⇒きゅう‐し〔キウ‐〕【旧史】古い時代の歴史。また、古い歴史書

 

五層目

【廏・廐・厩・】⇒【广】【厂】【𣪘】【】【皀】【殳】【白】【匕】【乚】【丿】【殳】【𠘧】【又】【旡】【彡】【儿】【丿】【乚】⇒駢字構成⇒【戸⇒一尸】⇒【尸=シ】

 

【广⇒呉音 : ゴン漢音 : ゲン】【厂⇒呉音: カン漢音: カン】【𣪘⇒⇒簋⇒き⇒古くは「 𣪘 」】【⇒呉音 : ケ漢音 : キ】

【广尸】⇔假借⇔げん‐し【厳旨】

【厂尸】⇔假借⇔かん‐し【敢死】

【皀⇒呉音 : コウ(カゥ)、コウ、ヒキ漢音 : キュウ(キフ)、キョウ(キャゥ)、ヒョク】【白⇒呉音 : ビャク漢音 : ハク】【匕⇒呉音 漢音 : ヒ】

【白尸】⇔假借⇔はく‐し【博士】

【廏⇒異体字⇒廐⇒⇒検索してください。】

 

說文解字 - 廏 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

《殳部》

1963 打開字典 殳部: :揉屈也。从殳从𠧢𠧢,古文叀字。廏字从此。

【上部、文字化けあり】

【廏字从此。⇒漢音:シ】

【廐・厩】⇒【厂既】⇒【既,小食也。——《文》。振玉曰:“即,象人就食;既,象人食既。许训小食,与形不矣。”】

⇒【食⇒漢音:シ⇔既】⇔同音

【既尸】⇔假借⇔し‐し【嗣子】

【乚⇒呉音 : オツ,オチ,イン,ゴウ漢音 : オツ,オチ,イン,ゴウ】【丿⇒呉音 : ヘチ漢音 : ヘツ】【殳⇒呉音 : ズ漢音 : シュ】【𠘧⇒呉音 : キ漢音 : キ】

ごう‐し〔ガフ‐〕【合×祀】いん‐し〔ヰン‐〕【韻士】いん‐し【×蔭子】ず‐し〔ヅ‐〕【×厨子

【又⇒呉音 : ウ(表外)漢音 : ユウ(表外)】【旡⇒呉音 : ケ漢音 : キ】【儿⇒兒⇒呉音 : ニ、ゲ(表外)漢音 : ジ、ゲイ(表外)

【又尸】⇔假借⇔ゆう‐し〔イウ‐〕【憂思】

【彡⇒呉音 : セン(セム)漢音 : サン(サム)、セン(セム)】【乚⇒呉音 : オツ,オチ,イン,ゴウ漢音 : オツ,オチ,イン,ゴウ】【丿⇒呉音 : ヘチ漢音 : ヘツ】

 

扶桑略記

𡳅【尸+既】⇔憩⇔𡳅【尸+既】⇔漢音 : ケイ】【⇔キ⇔・尸⇒漢音 : シ】

𡳅【尸+既】戸⇔ケイゴ】【𡳅【尸+既】⇔憩⇔𡳅】【𡳅尸⇔ケイシ】

𡳅尸⇔ケイシ】⇔假借⇔けい‐し【▽家司】

親王家・内親王家・摂関家および三位以上の家に置かれ、家政をつかさどった職。いえづかさ。

 

𡳅尸⇔キュウシ】⇔假借⇔きゅう‐し〔キフ‐〕【急死】

[名](スル)急に死ぬこと。急逝。

漢語⇔【𡳅】の偏旁(分解部品=華甲)同意。

古事記

【廏戸】の漢字について古事記日本書紀は上記の意味があります。

文節二段目【巡行禁中監察諸司、至于馬官、乃當廐戸而不勞忽産之。】この文節に【廏戸】の漢字採用の起因が記述されています。

【厂(がんだれ)⇒厩戸】

夏四月庚午朔己卯、立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子、仍錄攝政、以萬機悉委焉。

【己卯⇒假借⇒き‐ぼう【奇謀】】普通では思いつかないような計略。奇抜な計略。

【立厩】⇒【立⇒亠䒑⇒亠⇒慣用音 : トウ】⇒【立厩⇒假借⇒とう‐きゅう〔タウキウ〕【討究/討求】】

 

【厩戸】⇒假借⇒きゅう‐ご〔キウ‐〕【九五】【戸豐⇒假借⇒し‐ほう〔‐ハフ〕【×諡法】】

【豐聰⇒假借⇒ほう‐そう【奉送】】そう‐じ【×聡耳】【爲⇔説文解字⇔與】⇒【與皇太子】

以下省略

 

 

日本書紀

【广(まだれ)⇒廐戸】

皇后、懷姙開胎之日、巡行禁中監察諸司、至于馬官、乃當廐戸而不勞忽産之。

【廏戸】⇒げん‐し【原姿】文献などの、もとのすがた。げん‐し【厳旨】 きびしい命令。

 

【表音假借、羅列】⇒文脈はご自身で考えてください、駢字の加筆はありません。

 

【巡行禁中監察諸司、至于馬官、乃當廐戸而不勞忽産之。】

じゅん‐こう〔‐カウ〕【準行/准行】こう‐き〔カウ‐〕【綱紀】き‐ちゅう【基柱】ちゅう‐かん【忠×諫】かん‐し【監使】しょ‐し【諸司】

 

し‐こう〔‐カウ〕【施行】こう‐か〔クワウ‐〕【皇家】か‐かん〔クワクワン〕【禍患】か‐い〔‐ヰ〕【下位】かん‐だい〔クワン‐〕【寛大】だい‐とう〔‐タウ〕【大唐】とう‐きゅう〔‐キフ〕【等級】

 

げん‐し【原姿】げん‐し【厳旨】かん‐し【敢死】きゅう‐ご〔キウ‐〕【九五】ご‐じ〔‐ヂ〕【護持】じ‐ふ【璽符】ふう‐ろう〔‐ラフ〕【封×蝋】

 

ろう‐しん〔ラウ‐〕【老臣】しん‐せい【神聖】

せい‐し【聖旨】

せい‐し【聖姿】せい‐し【世子/世嗣】せい‐し【姓氏】

せい‐し【制止】せい‐し【誓詞】せい‐し【静思】せい‐し【省思】

【補足記述文節資料】

扶桑略記推古天皇記⇒】

廿八年庚辰冬,上宮太子蘇我大臣馬子,共錄天皇記及國記。

【補足】

上宮太子【輿】、蘇我大臣馬子、

日本書紀推古天皇記⇒】

廿八年⇒是、皇太子・嶋大臣共議之、錄天皇記及國記、臣連伴造國造百八十部幷公民等本記。

【馬官⇒字面⇒バカン】⇒二層目⇒【馬⇒説文解字⇒偏旁⇒灬(火)呉音 漢音 : カ】

【馬官】と【扶桑略記蘇我大臣馬子】【日本書紀・嶋⇒假借⇒(唐)大臣】関連性については明確な根拠は文節の解読では記述されていません。

【與⇔不文律⇔聖】⇒⇒【與】⇒⇒【扶桑略記⇔共錄天皇記及國記。】【日本書紀⇔錄天皇記及國記、臣連伴造國造百八十部幷公民等本記。】

【中華、進士血族、血縁、神捌(神別)⇒共録】【臣連伴造國造百八十部幷公民等本記】

 

【馬⇒倉頡、孔子説文解字、序】

 

【馬】の漢語を假借、(華甲⇒分解、偏旁⇒【馬⇔説文解字注⇔灬⇔注□字中無火】

【補足】

【馬】の漢語を【火=灬⇔呉音 漢音 : カ】として代用表音で【猥=みだ-ら⇒漢語】場合に採用、【灬⇒倉頡⇒漢字字源⇒こう‐じん〔‐ヂン〕【後×塵】人や車馬の走り過ぎたあとに立つ土ぼこり。】

 

異常、人為⇒じん‐い〔‐ヰ〕【人為】 人の力で何かを行うこと。人のしわざ。

それに、対して人の人事行動はさまざまで「馬頭人為長;人持十為斗;虫者,屈中也。」廷尉律,

 

【十為斗⇒假借⇒斗⇒【斗⇒とう【逃】とう【闘】とう【×逗】とう【透】とう【×祷】とう【登】とう【倒】⇒その他】】虫者,屈中也

その場合⇒假借⇒至㠯字𣃔法:「『苛人受錢』,苛之字,止句也。」

【馬⇒假借⇒苛⇒きびしく責める。いじ-める、さいな-む、いらだ-つ、いら-つく、から-い、きび-しい】

【馬官⇒バカン⇒假借⇒華甲⇒灬⇒官⇒宀㠯】⇒【苛、為、意、位】⇒【苛、為】【苛、下意】【苛、下位】

 

【注釈】

漢語、漢字、一字一句を採用するにも、深層の意味、文脈を理解しないと、正史、古事記日本書紀を解読することはできません。

字面を誤読、訓読していては未来永劫、無理です。

 

次回

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その4

 

 

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅戸 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その2

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その2

漢語の起原⇒中華⇒倉頡・説文解字⇒事例⇒【東⇒详细⇔詳細説明、解釈⇔同本義⇒東,動也。——《文》】⇒動也。从木。官溥:从日在木中。凡東之屬皆从東。得紅切

 

【乾】⇒(1) 八卦的首卦;天⇒乾,天也。——《易·》⇒(2) 指君主⇒《文解字》⇒上出也。从乙。乙,物之達也。倝聲。

 

【解釈⇔同本義⇒東,動也。】【【乾】⇒(1) 八卦的首卦;天⇒乾,天也。】

 

古代中國の正史、倭の古事記日本書紀は上記が理解できなければ解読できません。

又、漢語の倉頡・説文解字、【漢語の偏旁構成による三言・五言が解釈できません】【同音假借による同音異義語による文法法則】

みなさんは古代中國の正史を訓読されているのですか、又、【呉⇔呉音】【呉音⇔百済音】で読んではいませんか?

みなさんが【周禮、五経説文解字】の文法法則を理解できれば解読できます。

古代の日本【1300年前】には【中華、歴代中国王朝、進士】を排除したため漢語、漢文の解読が衰退。

その結果、日本独自の訓読に走り、意味不明の経緯が記述された書物が【日本書紀私紀】です。

我が国の戦前と【反米思想】同様の【反大唐・中華思想】が広まり【毛唐】【唐=もとこし】【とう‐なす〔タウ‐〕【日本書紀私紀⇒假借⇒介那須⇒現代辞書⇒とう‐なす〔タウ‐〕【唐茄=子】⇔人をののしっていう語。】

 

【古代、倭、日本が招いた国防の失敗 2

 

北狄の王朝【隋・唐】⇒隋書⇒636年(貞観10年)、本紀5巻・列伝50巻が完成。

隋書、東夷伝

開皇二十年,【倭⇔俀】王姓阿每,字多利思比孤,[12]號阿輩雞彌,遣使詣闕。上令所司訪其風俗。使者言倭王以天為兄,以日為弟,天未明時出聽政,跏趺坐,日出便停理務,云委我弟。高祖曰:「此太無義理。」於是訓令改之。

 

大業三年,其王多利思比孤遣使朝貢。使者曰:「聞海西菩薩天子重興佛法,故遣朝拜,兼沙門數十人來學佛法。」其國書曰「日出處天子致書日沒處天子無恙」云云。帝覽之不悅,謂鴻臚卿曰:「蠻夷書有無禮者,勿復以聞。」

 

俀 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

【倭⇔俀⇔ 弱。⇒事例⇒《太平御覽·帽》:⇒又曰:俀國男女皆露髻,富貴者以錦繡雜彩為帽,似中國胡公頭⇒公頭⇔假借⇔こう‐とう【×叩頭】⇔[名](スル)《頭で地面をたたく意から》頭を地につけておじぎをすること。】

倭王⇔俀王⇔弱王】 ※ 歴史学者、国文学者の論法は【浅学非才】、誤字、誤写ではありません。

 

倭王⇔俀王⇔弱王】⇔【姓阿每字⇔姓阿=せいあ⇔假借⇔井蛙=せいあ】⇒【每字⇔ばいし⇔假借⇔昧死⇔死をかえりみず、あえて申しあげること。中国で古来、上奏文に用いられる語。】

【倭(わ)⇔俀(漢音=たい)王姓阿每,字多利思比孤】【名太子為利歌彌多弗利】は周禮、五経説文解字の文法【三言】【五言】で編纂されているので、近代の漢字認識では解読不可。

 

起因は上記に記述に有り、【使者言倭王以天為兄,以日為弟⇔穴穗部皇子・卽天皇庶弟引豐國法師闕名也】⇒【自署⇔天皇】⇒【親書】⇔【「日出處天子致書日沒處天子無恙」云云。】⇒【「蠻夷書有無禮者,勿復以聞。」】

 

この新書は穴穗部皇子⇔【自署⇔天皇】隋は属國の諸侯王として認可していない、【親書は周禮、説文解字】を熟知して記述したか不明。

内容は【處⇔一時の休息処、隱居、懲罰】【沒⇔没、死了也沒處】【【文】沈也。】

【沒處⇔せんしょ⇔假借⇔せん‐しょ【戦書】宣戦布告の文書。】【天子無恙⇔天子無用】⇒進士停⇒帝王、横暴、思惟、火急、

 

帝王 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

高祖曰:「此太無義理。」於是訓令改之。⇒【楊 堅】⇒第2代皇帝煬帝ではありません。

 

【此太無義理】⇒此太⇒假借⇒【次第⇔此=これは、太=太,大也。=山=大,巨大】⇔【巨大】【無義理】

 

【於是訓令改之。】⇒於是(是=『文解字』⇒直也。)⇔【奉勅】⇒訓令改之⇒【諸侯王⇒降格⇒帝王】

 

朝鮮半島⇒【倭の属國⇒帯方郡以南の権益属國を失った⇒新羅百済】⇒諸侯王の序列⇒琉球より下位⇒隋書。

 

日本書紀用明天皇紀⇒【於是、穴穗部皇子陰謀王天下之事而口詐在於殺逆君】

宇文泰の腹心であった蘇綽の血族。⇒【敵国、毛唐】⇔別格筆頭⇒【輿太子⇔名太子⇔聖徳太子

 

聖徳太子

舊唐書 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

舊唐書 : 卷一百九十九上 高麗 百濟 新羅 倭國 日本 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

 

聖徳太子などと、どこにも記述が無い?】

周禮、五経説文解字の文法を理解していない【浅学非才】な知識なので解読できないのです。

貞觀五年,遣使獻方物。太宗矜其道遠,敕所司無令貢,又遣新州刺史高表仁持節往撫之。表仁無綏遠之才,與王子爭禮,不宣朝命而還。

 

【貞觀五年,遣使獻方物。】⇔ここまでの文節は読めますか?

現代辞書では解読できません、遣使獻方物⇒【獻⇒献上⇒上の漢字無し?※獻⇒説文解字⇒獻⇔乾⇔天子】【獻⇒倉頡・説文解字⇒鬳犬⇒虍鬲⇒使虍】使虍⇔假借⇔し‐こ【指呼】

【虍方⇔假借⇔こ‐ほう〔‐ハフ〕【古法】】【方(物⇒萬物也。牛爲大物;天地之,起於牽牛,故从牛。勿聲。文弗切⇔假借⇔現代辞書⇔ほう‐もつ【×捧物】】

 

【太宗矜其道遠】⇔【太宗】【矜其⇔假借⇔きん‐き【×欣喜】】【其道遠⇔説文解字⇔易⇔其道遠】⇔【太宗⇔血縁⇔近縁・遠縁⇔道遠】⇔【現代用語しては?⇔人それぞれ。】

 

【太宗の血脈】⇔【父親⇔宇文肱⇔長子宇文・四男、宇文泰】宇文泰の腹心であった蘇綽の血族。⇒【敵国、毛唐】⇔【日本書紀蘇我稲目⇔假借⇔下等、頭目

 

北周德帝宇文肱⇔宇文⇔宇文⇔宇文⇔女儿⇔【宇文氏,封新公主,嫁苏绰威】

敕所⇔敕⇔勅⇔【勅書】⇔【書史】【庶子】⇒【無礼】⇒【再構】【再考】

貢,又遣新州刺史高表仁持節往撫之。

【高僧】⇒【壮健】【双肩】⇒【権臣】【献身】⇔刺史《しし》は中国の官職名

【持節】⇔節刀を持つこと。また、その使者あるいはその任務。

往,朝某方向走,到…去⇔【往撫】⇔【攻守】⇔【撫之】⇔【主司】【趣旨】【主旨】

 

【表仁無綏遠之才,與王子爭禮,不宣朝命而還。】

文節構成の字面(じづら)漢語、熟語=駢字で解読できるもの。

【綏遠】⇔【すいえん〔スイヱン〕【綏遠】⇔中国北部にあった旧省名。オルドス地方から黄河の湾曲部にまたがる地域。1954年、内モンゴル自治区に併合。】

 

【綏遠】⇔【北狄⇔宇文肱、宇文泰、蘇 綽⇒父親⇒蘇協【苏协】の郷土】【歴史⇔武具・馬具・装飾具などがつくられた。】

 

【與王子⇔聖人以外、聖=不文律】【不宣⇔十分に意を述べつくさない意で、手紙の終わりに添える語。不悉(ふしつ)。不尽(ふじん)。】【朝命⇔朝廷の命令。天子の仰せ。】

 

【周禮、五経説文解字】文法法則

【表⇔仁者,天下之表也。——《礼·表》古文表从麃。陂矯切〖注〗,古文表。】【表⇒假借⇒與衰同意⇒【偉】】

【表《文解字》上衣也。从衣从毛。古者衣【上部、求。下部、衣】,以毛爲表。】【衣 详细释,荀九家乾衣。——《易·卦》古之葬者,厚衣之以薪。——《易·系辞下》】

【表⇔漢語の要約】

【表⇔假借⇒與衰同意⇒【偉】⇔古者衣(上部、求。下部、衣=漢音キュウ),以毛爲表。】

【表⇔ 文解字》上衣也。从衣从毛。古者衣𧚍,以毛爲表。荀(姓)九家(乾=天子)(為)衣。】

【本来の意味⇔昔周之末。孔子既歿。後世諸子。各著篇章。欲崇廣道藝。成一家之。旨趣不同。故分為九家。有儒家道家陰陽家法家名家墨家縱橫家雜家農家】

 

【唐、太宗の血族、九家】

【仁⇔《論語·陽貨》:「子張問仁於孔子孔子曰:『能行五者於天下為仁矣。』請問之,曰:『恭、寬、信、敏、惠。』」】

 

【文節の假借、同音異義語

【表⇒倉頡・説文解字⇒(衣)仁⇔いじん⇔い‐じん〔ヰ‐〕【偉人】】

【表仁⇔1 ひょう‐じん【氷刃】】 2 ひょう‐じん【氷人】⇔「晋書」索紞伝の故事から》媒酌人。仲人。月下氷人。⇔【大唐⇔仲人(與王子)⇔倭】

 

【仁無⇔しん‐ぶ【神武】⇔古之聰明叡知神武而】

【無綏⇔ぶ‐すい【無粋/不粋】】

【綏⇔【正韻】蘇回切,音雖。】⇔【綏⇔蘇】

【綏⇔倉頡・説文解字⇔偏旁⇔1糸妥 2 幺小 3 从(従)八从(従)亅】⇔【亅⇔漢音 : ケツ】

【亅遠⇔血縁】⇔【蘇、血縁】

【之⇔此等之字皆訓爲是。】⇔【之⇔爲】⇔【爲才⇔い‐さい〔ヰ‐〕【偉才】】

與王子

【子爭⇔假借⇔し‐そう〔‐サウ〕【四相】】

仏語。物事や生物の移り変わる姿を四つにまとめたもの。万物の生滅・無常の姿を表す。生まれる生、存在する住、変化する異、なくなる滅。また、人の一生にたとえて、生・老・病・死。

【爭⇔規勸。同“諍”。《呂氏春秋•仲春紀•功名》:“關龍逢王子比干能以要領之死,爭其上之過。】

【爭⇔死】⇔【爭禮⇔假借⇔そう‐れい〔サウ‐〕【葬礼】】

【不宣朝命而還】⇔【而還】

【補足】

公の正史に記述できない時にこのような文法を活用するのかと中國の文献では初めてです。

古事記日本書紀では【假借⇔しん‐ぼう【深謀】しん‐ぼう【神謀】き‐ぼう【奇謀】】を用いて記述されています。

【而還】

先秦兩漢 - 而還 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

《權謀》

「權謀」の意味は 読み方:けんぼう臨機応変のはかりごとのこと。

孔子曰:「聖人轉禍為福,報怨以德。」此之謂也。

間接的に記述採用している文法⇔【權謀】

【與王子、名太子】⇔【聖徳太子

【補足】

古代中國の正史では直接に記述の際に採用してはいけない漢語、漢字が古代から存在します。

 

代表的な漢語【聖人以外は不文律⇔聖】【同時代の歴代中国王朝、天子と同じ漢字の使用】【歴代中国王朝、元號】

【歴代中国王朝のみ許される名称⇒泰山】⇒【諸侯、諸侯王⇒泰山⇒慈山】

※ 事例⇔日本書紀景行天皇紀⇒茲山有大石窟

次回

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その3

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅戸 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その1

石井公成

聖徳太子最前線 ブログ

2022年11月23日 | 聖徳太子法隆寺研究の関連情報

聖徳太子という呼称を最初に用いたのは誰か、「厩戸王」と呼ぶのはなぜまずいのか。

聖徳太子 最近の説」と入力してあれこれ検索していたら

 

聖徳太子研究の最前線】⇒論文・研究書紹介もいいですが、【日本書紀】の漢文【漢語】解読の原点に戻ってからにしてみては?

厩戸王⇒うまやどおう】【厩戸皇子⇔うまやど‐の‐おうじ〔‐ワウジ〕】【厩戸王(読み)うまやどのおう】⇒日本書紀には【の・ノ⇔之】は記述、編纂されていません。

上記は訓読+漢音・呉音【呉】?【呉音=百済】日本独自の文法構成?

 

聖徳太子⇒しょうとくたいし】⇒漢音・呉音【呉】?【呉音=百済】?

 

<閲覧者の皆様に向けての頭の体操>

漢語、漢字は甲骨文字の時代から受け継がれた文法法則で記述されています。

現代に例えれば漢語、漢字積層チップ階層構造【一次記憶装置・二次記憶装置・三次記憶装置】と認識してください。

漢語、漢字は「旧字体」「正字体」階層構造【倉頡⇔説文解字】で構成されています。

 

<事例 1

漢委 奴國王

官印 - Wikipedia

五行思想に基づき文字数を5文字にまとめるということも行われた。

漢⇔「旧字体」「正字体」

【漢⇔「旧字体」】⇒1 氵+廿口火土⇒2 氵+廿口土火⇒⇒【注隸字從從□作。】⇒【

】⇒土が上部、火が下部は天子が𤁉の國土を授けるので、【土】が上部。⇔注隸字從從□作。

<補足、当方の憶測、考えはありません、すべて中国の史記説文解字(注)に記述されたことを記載しています。

先秦兩漢 - 璽 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

先秦兩漢 - 印 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

金部:鈕:印鼻也。从金丑聲。⇒鈕(ちゅう、「つまみ」)⇒蛇鈕⇒蛇⇔巳部:巳:巳也。四月,陽气巳出,陰气巳藏,萬物見,成文章,故巳為蛇,象形。凡巳之屬皆从巳。

等齊:  天子之相,號為丞相,黃金之印;諸侯之相,號為丞相,黃金之印

 

建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬

西暦57年⇔建武中元二年、諸侯王を授かり、属國の道を歩みはじめました。属国なので、宰相は歴代中國王朝から進士が派遣され血族も追従、【大伴・物部・蘇我⇔假借】

 

先秦兩漢 - 倭人 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

倭國の歴代朝廷は漢語文法、【訓読⇔日本語の起源】不明。

倭人

周時天下太平,越裳獻白雉,倭人貢鬯草。⇔或言有益者,九鼎之語也。

 

唐⇔大唐⇔倭、西暦663年、白村江の戦いで敗戦、幾内遷都、天武天皇時、独立に歩み、【大唐⇔毛唐⇔進士・神郷】を排除、古代中國より学んできた漢語、漢文文法の衰退。

【弘仁四年/日本紀私記序/承平六年/日本紀私記零本】 (nijl.ac.jp)

日本書紀私記 - Wikipedia

日本書紀』については、平安時代に、養老5年(721年)、弘仁3年(812年)、承和10年(843年)、元慶2年(878年)、延喜4年(904年)、承平6年(936年)、康保2年(965年)の7回の講書「日本紀講筵」が行われたとされる。

鎌倉時代に成立した『釈日本紀』にも、元慶や承平の私記が引用されており、『日本書紀私記』は『日本書紀』を解釈する上で重要な史料である。

【補足】

弘仁私記』の内容は【古事記、上巻】【日本書紀、上・下巻】に於いては解読ができないことを記述しています、いずれも、編集作者を批判しています。

日本紀私記序⇒⇒6 コマ/全31コマ⇒【異端小説恠力乱神】⇒【古事記、上巻】【日本書紀、上・下巻】

日本紀私記零本⇒⇒裴松之三国志注例也弘仁三巻異端私記序云異端小説恠力乱神為【俑〇】多聞不莫不詠博一書戓節為異端及語及諺日為小説也者此意尤叶三國志之注也

【大唐⇔毛唐⇔進士・神郷】を排除、近代に例えれば、戦前の日本と同様、敵国の英語、禁止【鬼畜米英⇔大唐⇔毛唐】⇔漢語、表音を排除⇔和訓表音の字句に拘泥した結果、真実の歴史を見失った。

 

日本紀私記零本⇒19 コマ/全31コマ⇒【鶏卵云云】⇒日本書紀⇒神代上⇒古、天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟涬而含牙。

【鶏子之文讀云鳥兒不明】⇒鶏卵⇒鳥兒⇔師説、先師も、皆、【鳥兒】不可輙改。

日本紀私記序、日本紀私記零本は【古事記、上巻】【日本書紀、上・下巻】の記述は解読できていません、結論は【異端小説恠力乱神】で済ませています。

 

大唐、毛唐を敵国として漢語、漢音を否定しながら、故事成語を交えて【異端小説恠力乱神】と記述しています。

 

養老4年(720年)から漢語、漢文の解釈の衰退がはじまりました、ただし、【正統な血族⇔楚・呉・蜀⇔進士・神郷】【北方王朝の血族⇔晋・隋・大唐⇔毛唐⇔進士・神郷】の在日子孫に漢語、漢文の文法法則は受け継がれました。

何時の世も大国は恐ろしく、現在は米国に朝貢し、倭から日本に歩み初めても歴代中国王朝は強大な権力を行使していました。

 

属國への租税徴収、歴代中国王朝の防衛のために5万派兵、【稟化=臨夏】⇒【寧=寧夏】⇒寧、境,恭修貢職。万里の長城 防備修復,河北、治水工事、その結果【安東大將軍、倭國王】

【聖⇔聖人】については厳格で正史には用いられませんでした【五帝、三王、皋陶、孔子,人之聖也。十二聖相各不同,】【聖神號不等,故謂聖者不神,神者不聖】

 

子曰:「舜其大孝也與!德為聖人,尊為天子,富有四海之。」

 

歴代中国王朝の代表的な強要例【遵守/順守】1 漢語・漢字の制約【聖⇒與】【天子】、【属國⇔諸侯王の独自の元号】※ 倭、日本では倭の限定で【元号】が許されました。【大化⇔日本最初の公式の年号。】

 

日本書紀⇒孝德天皇⇒【聖】⇒白雉元年⇒詔曰「聖王出世治天下時、天則應之示其祥瑞。曩者、西土之君周成王世與漢明帝時白雉爰見。

 

【補足 1

白雉元年⇔制約が多く【白雉⇔中国王朝への公式元号⇔大化】二重の元号

【補足 2

百済】は中国の属国か?⇒白村江の戦いの敗戦以前【倭⇔属国⇔百済

倭國,在百濟、新羅東南,水陸三千里,於大海之中依山島而居。魏時,譯通中國。三十餘國,皆自稱王。夷人不知里數,但計以日。其國境東西五月行,南北三月行,各至於海。其地勢東高西下。

都於邪靡堆,則魏志所謂邪馬臺者也。古云去樂浪郡境及帶方郡並一萬二千里,在會稽之東,與儋耳相近。漢光武時,遣使入朝,自稱大夫。安帝時,又遣使朝貢,謂之倭奴國。

※ 在百濟、新羅東南⇒双方も【國と認められていません】百濟、新羅は歴代中国王朝文化の窓口の役目をはたしていました。

 

では、古代歴代中国王朝に、なぜ重用されたのか、それは倭、日本の地理的位置に起因します、海流【親潮】の影響で、遠くはペルシャ、【羅國⇔ベトナム⇔越⇔蘇州】から優れた技術を学び最先端技術を習得していた。

 

京杭大運河⇒⇒隋の文帝と煬帝がこれを整備した。完成は610年。これにより、倭の諸侯王としての役割は低下、大唐は強大な力で朝鮮半島を殲滅、【倭・日本】をのみ込もうと白村江の戦いになりました。

 

西魏北周王朝時、【進士】が宰相として派遣されてきました。宇文泰の腹心であった蘇綽の血族。⇒【敵国、毛唐】⇔【日本書紀蘇我稲目⇔假借⇔下等、頭目】【蘇我稲目の侍従、養子⇔蘇我入鹿(じゅうか)⇔重科⇒ 重い罪科。重罪。】

 

蘇我馬子⇔馬⇒説文解字⇒馬⇔虫者,屈中也⇔委曲的心意。子=人⇔仮子、養子】

 

【補足 3

古事記親中派、血族の編纂、日本書紀は倭、日本の独立推進派の最高機密正史、【周禮、倉頡・説文解字】を基軸にしていますが、独自の変形活用を採用しているので、当時も【進士・神郷】でも解読されないように編纂されました。

 

このような変形文法法則を【隋書⇒史臣曰:⇒故孔子曰:「言忠信,行篤敬,雖蠻貊之邦行矣。」誠哉斯言。其俗之可採者,豈徒楛矢之貢而已乎?】

 

中國の【言⇔漢語・漢文】に敬意が無く、もて遊び懲罰、裁断、断言。⇒前文節⇒隋は国費を投じて倭のために留学費用を負担している。隋の下級史臣は倭が重い租税を徴収されていることは知らないのか?

 

【国字⇔日本独自の漢字】⇒古事記では【弖】【俣】が記述され、解読不可になります、日本書紀は独自の変形文法法則で構成【弖】と【倭の独自の説文解字の漢語】で構成。

 

【古代、倭、日本が招いた国防の失敗 1

事の発端は日本書紀推古天皇記に琉球の高官曰く、倭の始祖は會稽の子孫、琉球は會稽の【其氏】、倭は【太伯・虞仲、姫氏】では?

当方の解読によれば、推古天皇記に天皇自ら宣旨で【倭の始祖、歴史を調べ】正当な正史を編纂作成するように命じた。

 

それによると、漢王朝の血族子孫で正統な王朝【中原・中華】だと唱える倭の朝廷血族、北狄の王朝【魏・晋・北周・隋・唐】の血脈を天皇、朝廷に強制婚姻により注入され、属国として従来とどうように、服属するのか?

 

日本書紀敏達天皇紀⇒【穴穗部皇子欲取天下】⇔【密策⇔国家機密⇔倒語⇔正字⇔自国、漢人、皇統系統、系血皇子】⇒⇒独立派血族。⇔穴穗部皇子、卽天皇庶弟引豐國法師闕名也

次回

厩戸 廐戸 廏戸 𡳅 味噌糞の学会、学者の研究、論文について、その2

閲覧される皆様へ、漢字の解釈の思い違い知識について。

閲覧される皆様へ、漢字の解釈の思い違い知識について。

【災⇒漢音 : サイ・呉音 : サイ】⇒《文解字》⇒⇒(文解字未收“災”字参考“烖”字:)()天火曰烖。⇒()籒文从。亦會意。亦形聲。

さい【災】⇒読み方:さい⇒[音]サイ(呉)(漢) [訓]わざわい。⇒自然に起こる悪い出来事。生活を損なう出来事。わざわい。「災害・災難・災厄/火災・震災・人災・戦災・息災・天災・被災・防災」

 

日本書紀⇒記述の【災】⇒【災⇒漢字数⇒23

下記の天命開別天皇 天智天皇の記述で【災】をなぜ火災と断定するのか。

日本書紀 巻第二十七 天智天皇紀 (seisaku.bz)

夏四月癸卯朔壬申夜半之後、災法隆寺、一屋無餘。大雨雷震。五月、童謠曰

 

于知波志能 都梅能阿素弭爾 伊提麻栖古 多麻提能伊鞞能 野鞞古能度珥

伊提麻志能 倶伊播阿羅珥茹 伊提麻西古 多麻提能鞞能 野鞞古能度珥

 

多くの歴史学者、国文学者、歴史愛好家が【災】⇒⇒火災⇒⇒消失と誤訳断定している。

同、前文では

三月辛酉朔己卯、遷都于近江。是時、天下百姓不願遷都、諷諫者多、童謠亦衆、日々夜々失火處多。六月、葛野郡獻白

【火災】⇒⇒【日々夜々失火處多】

【災法隆寺】⇒⇒【わざわい、法隆寺⇔災法隆寺

【一屋⇔建屋】

【無餘⇒餘⇒漢字、華甲、偏旁⇒飠余⇒飠⇒呉音 : ジキ、ジ(表外)、イ(表外)】⇒⇒表音假借⇒⇒無事。

【大雨】⇒⇒大雨雷震

【雷震】⇒⇒【地震地震光】

地震光 - Wikipedia

 

日本書紀の假借文法、倒語

【夏四月癸卯朔=漢音、倒語⇒⇒かしげつ、きぼう・ぼうき⇔ぼうさく、さくぼう】⇒⇒き‐ぼう【奇謀】傍記】傍わきに記すこと。ぼう‐さく【謀策】

 

異論、反論を唱える方は下記の【童謠】を解読してからにしてください。

于知波志能 都梅能阿素弭爾 伊提麻栖古 多麻提能伊鞞能 野鞞古能度珥

伊提麻志能 倶伊播阿羅珥茹 伊提麻西古 多麻提能鞞能 野鞞古能度珥

 

【浅学非才の脈絡のない現代語訳】

打ち橋の 集落(ツメ)の遊(アソビ)に 出でませ子 玉手(タマデ)の家の 八重子の刀自(トジ) 出でましの 悔(クイ)はあらじぞ 出でませ子 玉手の家の 八重子の刀自

【論評】

これでは、昨今の中条きよし参議院の代表質問よりひどい、編纂の舎人親王も浮かばれない、正史も地に落ちた。

 

【正しい要約】

法隆寺】の大雨雷震時の生々しい状況が記述された居ます、法隆寺以外の大きな建屋は倒壊、路は飛動し地震光がはしり、祠堂は大きく揺れ動き、味噌樽はひっくり返り、鳳声【提婆達多】と拝んでいてもむだなこと、うんぬん。

【結論】

法隆寺は火災、地震で消滅、倒壊していません。法隆寺の火災は解読できない方の論法です。

日本書紀を誤読、漢音、訓音読みしていても、未来永劫、解読できません。

法隆寺】⇒⇒読み⇒⇒現代辞辞書⇒⇒【法隆寺】=ほうりゅうじ⇒⇒日本書紀の表音

法隆寺】⇒⇒読み⇒⇒説文解字⇒⇒豐大也。从生降聲。力中切〖注〗徐鍇曰:“生而不已,益高大也。

法隆寺】⇒【隆】⇒説文解字⇒【从生降聲】⇒从=従う、生=せい。降=こう。日本書紀の表音⇒⇒【隆⇒生⇒せい】⇒⇒【法隆寺=ほうせいし】

法隆寺=ほうせいし】が正しい表音。

閲覧される皆様へ、漢字の解釈の思い違いについて。

閲覧される皆様へ、漢字の解釈の思い違いについて。

 

魏志倭人伝⇒⇒邪馬壹国の位置論争。

 

里的解释|里的意思|汉典“里”字的基本解释 (zdic.net)

 

【里】⇒【説文解字】⇒居也。从田从土。凡里之屬皆从里。良止切。⇒⇒田⇒面積。

康熙字典

【廣韻】良已切【集韻】兩耳切【正韻】良以切,音。【爾雅·釋言】里,邑也。【詩·鄭風】將仲子兮,無踰我里。【傳】里,居也。

 

【周禮·地官·遂人】五家爲鄰,五鄰爲里。【前漢·法志】在壄曰廬,在邑曰里。【風俗通】五家爲軌,十軌爲里。里者,止也,五十家共居止也。

 

又【正韻】路程,今以三百六十步爲一里。

 

A⇒⇒距離、B⇒⇒田⇒面積・一里八十・その他

 

魏志倭人伝論争で【A⇒⇒距離】に固執するのかは、【浅学菲才的】で陳寿は使い分けしています。

A⇒⇒距離の場合⇒⇒〇〇餘里⇒⇒【餘⇔漢音 : ヨ⇔訓読みあま-る、あま-り、あま-す】

 

B⇒⇒田⇒面積・一里八十・その他⇒⇒魏王朝による属國⇒倭の租税徴収の国税調査で露田を測定しています。

 

それでも、距離にこだわるなら〇〇に付ける薬は無い。

歴代中國北方民族王朝【魏・晋・隋・唐】のに屈服し、属國としては敵で、漢・宋とは異質で正統な王朝、魏史【魏志倭人伝】を神功皇后時に入手、批判した歌⇒⇒武宿禰爲太子答歌之曰。

日本書紀 巻第九 神功皇后紀 (seisaku.bz)

【許能彌企塢 伽彌鶏武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟々 伽彌鶏梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作 沙】

【要約】

魏志倭人伝はえこひいきが多く、事実と異なる、正史には引用しないこと、日本書紀⇒⇒【卑弥呼=天照大日孁(あざな)尊=天か太后尊】【臺與=たいよ=乃與=たいよ=月夜見尊=げつゆうけんそん】

 

神功皇后卑弥呼ではありません。

 

古事記日本書紀⇒⇒【物部⇒北周北斎大伴金村⇒⇒蘇一族⇒唐の(進士=郷神一族、】⇒【進士、郷神⇒中国で隋代 (600) から清代末 (1905) まで続いた科挙の及第者をいう。】

 

古代中國の歴代王朝に伴い倭の属國において【宰相・丞相】も交代が図られた。天皇血族に中国血脈を歴代注入として嫁がせた。

 

親中派天智天皇蘇我姪娘)娘⇒元明天皇に献上、編纂、太 安万侶【だいあんばんりょ】⇒唐の進士(毛唐と色々な史記で記述しています。【侶⇒⇒在日⇒⇒動物、虫、魚介の名称+侶】)

現代政権と同様な構図で親中派の第91 内閣総理大臣福田 康夫、唐=親中派?、第93代 内閣総理大臣  鳩山 由紀夫 新羅百済=親韓派。

日本書紀⇒⇒古代中国の属國から独立を図る天武天皇持統天皇文武天皇は現在では第96  内閣総理大臣、安倍 晋三、第97  内閣総理大臣、安倍 晋三、第98  内閣総理大臣、安倍 晋三。

白村江の戦いで敗戦、現在の九州北部は唐、新羅に占領、親中派の敵に解読されないよう倭の独自の文法法則で記述編纂され、国家存続の最高機密史記で正史として位置づけています。

 

99 内閣総理大臣、菅 義偉は舎人親王に当たります(天武天皇の第六皇子で、淳仁天皇淡路廃帝)の父。)

100代、第101内閣総理大臣岸田文雄宏池会(こうちかい)同様の天皇親中派、中国【蘇=蘇我】⇒⇒の在日子孫血脈?なので、その後、日本書紀の解読は不可能になった。

淳仁天皇淡路廃帝)は安碌山の乱に乗じて北九州を100年後に奪還、親中派光仁天皇一族により廃帝。【唐=大唐】が滅亡するまで属國の位置は続き親中派VS独立派の政権争いで天皇が交代した。

【補足】

歴史は繰り返す、現在の日本は古代の倭と同様で白村江の戦い以前の状況なのか?。

 

 

第二弾、無知蒙昧の歴史学者、国文学者さまへ、漢字の根本的な考え方が間違っている。

1卑弥呼」はいなかった?

 

【卑彌呼は存在していました。】【卑弥呼は存在しない。簡体字の號は存在しない】

簡体字での解読は不可能、【卑弥呼】漢字に対する考えが【浅学菲才的】

【卑】⇒[常用漢字] [音]ヒ(呉)(漢) [訓]いやしい いやしむ いやしめる。⇔意味として解釈した段階で誤訳。

 

陳寿は周礼五経説文解字で広義として【卑⇔漢字】を採用しています、我が国の歴史学者、国文学者の下等な漢字の理解度では解読できません。

先秦兩漢 - 弥 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

【彌】⇒【弥⇒簡体字

陳寿は周礼五経説文解字で広義として【卑・彌・呼⇔漢字】を採用しています、

【卑】⇒卑而大扈。⇒古同“俾”,使。⇒【說文】益也。一曰俾門,侍人。【爾雅·釋詁】俾,使也。【書·大禹謨】俾予從欲以治。⇒【俾】⇒益也。一曰俾門,侍人。【侍人⇒侯】

【彌】⇒【類篇】綿批切,音迷。嫛彌,嬰兒也。【禮·雜記】中路嬰兒失其母焉。【註】嬰,猶嫛彌也。

【呼】⇒《釋言語》釋言: 號,謼也。

 

<当方は陳寿が編纂に【卑彌呼】⇒漢字を採用したことは理解しています>

 

2中国の文献の他に、卑弥呼時代の日本を知る方法はないのだろうか?

 

日本書紀 巻第一 神代上 (seisaku.bz)

 

一書云天照大神、一書云天照大日孁尊。此子、光華明彩、照徹於六合之內。

 

【周礼五経基軸文法】に熟知していれば解読できます、挑戦してみてはいかがですか?

 

【天照大日孁尊⇔あまてらすひるめのみこと;】⇒訓読するのは自由ですが、永遠に解読できません。

<でたらめ解釈>

3 倭、日本は争いごとの絶えない西洋や大陸とは違い、文字を必要としなかったのです。

 

<でたらめ解釈>

日本語の文字史は,漢字の伝来として始まる.有名な「漢委奴国王」の金印から推測されるように,弥生時代にはすでに漢字は物品とともに日本に持ち込まれていたようだ2--3世紀からも,漢字を帯びた太刀や鏡の遺品が出土している.しかし,数世紀の間,日本人はそれを文様としてしかとらえず,文字として理解することはなかった.

 

愛知大学

和田明美 教授

中国の文字の歴史が、殷代の甲骨文字まで遡るのに対して、日本においては、最も古いものでも五世紀前半の金石文とされる『稲荷山古墳鉄剣銘』、

五世紀後半の『江田船山古墳太刀銘』等までであり、その歴史は未だ千五・六百年程度に過ぎません。

通説に従うならば、日本における文字の歴史は五・六世紀から、文字文化の歴史の幕開けは七・八世紀からということになります。

 

<つまみ食い的解釈>

稲荷山古墳出土鉄剣 - Wikipedia

(表)

亥年七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弖已加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比

(裏)

其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉事根原也

「辛亥年」は四七一年・五三一年の両説があるが,通説どおり四七一年で良いと考える。

 

<当方の周礼五経基軸文法の解読は過去のブログ参照>

<部分的解釈>

鉄剣・鉄刀銘文 - Wikipedia

元岡古墳群出土の金錯銘大刀(庚寅銘大刀)

福岡市博物館ブログ: 【ふくおかの名宝】鑑賞ガイド⑤ 庚寅銘大刀(こういんめいたち) (fcmuseum.blogspot.com)

 

「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□(練?)」

<周礼五経基軸文法の解読>

【大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果⇔【冫= ヒョウ+更・黄⇒コウ・ヒョウ】】

大歳庚寅正月六日⇒【庚寅⇔假借⇔こう‐いん〔クワウ‐〕【皇×胤】】【日時⇔假借⇔こう‐し〔クワウ‐〕【皇師】】

【寅日⇔假借⇔いん・こう⇔隕・鋼⇒隕鉄】【日時⇔假借⇔こう‐し〔クワウ‐〕【鉱×滓】⇒こうさい(鉱滓)】【作刀=さよう⇔さく‐とう〔‐タウ〕【作刀】】

【凡⇒几丶⇒漢音 : チュウ⇔假借⇔ちゅう【鋳〔鑄〕】】【凡十⇔假借⇔ちゅうじゅう⇒ちゅう‐にゅう〔‐ニフ〕【注入】】【十二⇔假借⇔じゅう‐じ【従事】】

【果⇔假借⇔火】【果冫更⇔假借⇔か‐こう【加工】】【果冫更⇔假借⇔か‐ひょう〔‐ヘウ〕【価標】】

か‐ひょう〔‐ヘウ〕【価標】

化合物の化学構造を示すのに用いる、原子間の結合を示す表示。単結合を1本、二重結合を2本、三重結合を3本の線などで表す。

 

【価標⇔鍛練⇔不明】⇒価標数⇒13回。【現在の日本刀制作⇒折り返し⇒この作業を14~16回繰り返す。215で約3000層の地肌となります。】

 

<周礼五経基軸文法の解読により、公比積算数⇒200⇒正しい表音及び最後の漢字⇒>

「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□(練?)」

と書かれています。最後の文字については偏の部分が2画のみみられ、「練」のほかに「錬」、「凍」などとも読めそうです。

 

【大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果⇔【冫= ヒョウ+更・黄⇒コウ・ヒョウ】】⇒一層目⇒公比積算数⇒200

二層目⇒公比積算数⇒13【価標⇔鍛練⇔不明】⇒価標数⇒13回。

 

東大寺山古墳 - Wikipedia

東大寺山古墳出土 金象嵌銘大刀】について

 

「中平□□(年)五月丙午造作文(支)刀百練清釖上応星宿□□□□(下避不祥)」

 

スイフト・タットル彗星 西暦188年

古代の鉄刀、神獣鏡等の銘文は周礼五経の文法で糸象嵌しています。

単に、現代の表記されている漢字を誤読されても、解読はできません。

 

【中平光熹 年五月丙午造作支刀百練清釰上應星宿忌避中平】

 

<正しい解読⇒説文解字⇒假借>

中平⇒光熹 年を五ケ月改元したが、【丙午=屏語】【造作=巧詐】【支刀=之刀】【百練=100×100(紙の単位=1萬口】

 

【練清=糸象】【釰=けん】【釰上=献帝】【釰上=献上】【上應=上葉】【應星=スイフト・タットル彗星】【星宿=星宿】【【忌避】】【中平】

【釰上=献帝】⇒説文解字⇒【上】⇒【高也。此古文上,指事也。凡丄之屬皆从丄。上,篆文丄。】【指事者不泥其物而言其事,丄丅是也。】

 

【上】は属國なので、天子に対して【上】

丄的解释|丄的意思|汉典“丄”字的基本解释 (zdic.net)

【指事者不泥其物而言其事,丄丅是也。】⇒【上=丄】⇒【丅】⇒【釰上(丄丅)=献帝

 

真逆が【漢委 奴國王】⇒【漢⇒𤁉】⇒【氵(𡏳⇒天子の領土)】⇒【篆刻⇒𡏳⇒上下漢字を置き換える。⇒灻⇒】⇒天子の【大命】⇒諸侯印⇒【漢委 奴國王】

 

西暦189年【上應=上葉】、倭、製造、献上、※、後に命名黄巾の乱⇒漢字假借の記述はありません。】

倒語文法もありますが、文字数のため省略。

 

【平中避忌宿星應上釰淸練百刀支 作造午丙月五年熹光平中】

刀の製造を説明しています。

<当方の周礼五経基軸文法の解読の詳細は過去のブログ参照>

 

<補足>

歴史学者、国文学者さまは決まって古代中国、新羅百済の製造で、倭国内製造の鉄剣,大刀ではないと論じるのでしょうね。

出土品の鉄剣、大刀銘で必ず持ち出す【吉祥句、常套句】解読できないと[論文要旨]で【吉祥句】でまとめ、間違った学者の解釈論文を引用し、批判を交えて持論を唱える。

逸脱した、漢字の漢表音、呉表音を当てはめる手法、行為は1300年前から連々と受け継がれていることは嘆かわしいと言うのは当方だけではありません。

 

<ご参考>

隋書/卷81 - Wikisource

倭國⇒【史臣曰】⇒【二代震而矜之,以為人莫若己,不能懷以文德】⇒倭は【字体、真字、漢字】⇒【無視】をないがしろにしている。信頼できる人物として改めては、【不能=無能】【会意】【文德】

 

【字体、真字、漢字】⇒ご理解していただくために、何を言っているのか、倭、日本の漢字は中国と異なるのか?⇒【字体、真字、漢字】⇒【永字八法】

【永字八法】⇒書法伝授の一。当方も【周礼五経基軸文法の解読法の表音】を会得するまで、知識は無く公比積算数で正しい表音に導かれ、インターネットの現代辞書で理解できました。

古事記、并書に編纂記述されています、筆法は【永字八法】を厳格に用いること。写本は不明。

永字八法 - Wikipedia

永的解释|永的意思|汉典“永”字的基本解释 (zdic.net)

【永】⇒下段に書法⇒字形对比⇒中国・台湾・香港・日本・韓国⇒微妙に違いがあります、当方は違いを理解できませんが、書法に問題があると古代中国の史臣が考えたのかは不明。

 

周礼五経、易、陰陽五行、【説文解字】を理解しての解読を推奨します。

 

無知蒙昧の歴史学者、国文学者さまへ、漢字の根本的な考え方が間違っている。

周礼五経基軸文法を理解しないと解読はできません。

通説に従うならば、日本における文字の歴史は五・六世紀から、文字文化の歴史の幕開けは七・八世紀からということになります。

 

歴史学者、国文学者はどのような論法を唱えるのか??>

先秦兩漢 - 倭 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

<注釈、年代は解読により検証>

成王の後を継いだのが康王(在位:前1020年 - 前996年)である。康王は召公奭と畢公高を左右にしてよく天下を治めた。

成王・康王の時代は天下泰平の黄金時代であり、40年にわたり刑罰を用いることがなかったという。

<原文>

《儒增》

周時天下太平,越裳獻白雉,倭人貢鬯草。食白雉,服鬯草,不能除凶,金鼎之器,安能辟姦?且九鼎之來,德盛之瑞也。服瑞應之物,不能致福。

男子服玉,女子服珠,珠、玉於人,無能辟除,寶奇之物,使為蘭服,作牙身,或言有益者,九鼎之語也。

夫九鼎無能辟除,《傳》言能辟神姦,是則書增其文也。

 

<注釈、この文節は一字一句解読していますが、膨大になるので、文字に関する記述を抜粋>

倭人貢鬯⇒表音⇒假借⇒わじんこうちょう⇒こう‐ちょう〔‐テウ〕【貢調】みつぎものを奉ること。】

 

【鬯草⇒ちょうそう⇒うこん】⇒【貢(調・鬯)草⇒3文字⇔】⇒竹簡⇔短文構成⇒假借で注釈有⇒複重⇒読み方:ふくちょう。「重複」と同じく「重なること・重なり合うこと」を指す意味で用いられた例のある語。

 

【貢調】⇒じ‐い〔‐ヰ〕【辞彙】⇒言葉を集め、その意味・用法などを説明した書物。辞書。辞典。じ‐い〔‐ヰ〕【字彙】漢字を類別して集め、字義・用法などを解説した書物。字引。字書。

異論は一字一句解読してからの論法にしてください。

 

倭人

倭人は【広義】としてとらえてください、【中華⇔中夏⇔中原】以外は【夷】

倭人山東省會稽・現在の九州・楽浪郡以南は倭人

 

<周礼五経基軸文法の正しい解釈>

隋書/卷81 - Wikisource

倭國

男女多黥臂點面文身,沒水捕魚。無文字,唯刻木結繩。敬佛法 於百濟求得佛經,始有文字。

<漢表音、偏旁、字根、周礼五経基軸文法の解読>

か‐とう【下等】⇒盗字⇒漢文字⇒こう‐とう【口頭】もく‐し【目視】し‐しょう【支証】裏づけとなる証拠。あかし。⇒し‐じょう【史乗】

《「乗」は記録の意》歴史上の事実の記録。歴史書。史録。

 

無知蒙昧の歴史学者、国文学者論法は無意味、漢字の根本的な考え方が間違っている。

 

<でたらめ解釈、デタラメ表音>

ひる‐め【日孁/日霊/日女】 の解説⇒《日の女神の意》天照大神 (あまてらすおおみかみ) の美称。 ひるみ。

 

<正しい會意。ヒント>

【孁⇒レイ・リョウ】⇒意義⇒ 女の 字 ( あざな )⇒中国で成人男子と女子が実名以外につけた名。

 

4 日本とは何か? 日本人とは何か? 私たちのルーツはどこにあるのか?

 

日本書紀 巻第一 神代上 (seisaku.bz)

一書曰、天地初判、一物在於虛中、狀貌難言。其中自有化生之神、

【周礼五経基軸文法】に熟知していれば解読できます、挑戦してみてはいかがですか?

 

5 古代史に残された数々の謎...それらを解き明かす“鍵”とは・・

【周礼五経基軸文法】で解読すれば解き明かせます。

説文解字を】も周礼五経基軸文法で編纂記述されているので説明方法が難しい。