魏志倭人伝 卑弥呼 古事記 日本書記 万葉集 甲骨文字 以音 五経基軸文法による解読

漢文史記は五経文法が採用されています、この五経文法は殷時代の甲骨文字(漢字変換)でも採用されており、古代中国は唐時代の末期で消滅、日本では奈良時代(西暦720年)頃で消滅して現在に至っています、この漢文史記を一字一句解読したブログになります。

聖徳太子の身長。日本書紀 推古天皇 【立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子、仍錄攝政、】⇒りつきゅうこそうしんじこうしいこうたいし、じょうろくせつしょう。

『九章算術』を文節で採用しています、仮借(仍=X)×【攝⇒華甲】×【(隋⇒尺⇒2.95cm)・(唐⇒尺⇒3.11cm)・(倭⇒尺⇒3.03cm)】=170.0cm・179.1cm・174.5cm

 

1 【仍錄攝政】⇒×(隋⇒尺⇒2.95cm)=170.0cm

2 【仍錄攝政】⇒×(唐⇒尺⇒3.11cm)=179.1cm

3 【仍錄攝政】⇒×(倭⇒尺⇒3.03cm)=174.5cm

 

※ 聖徳太子の身長。隋寸法なのか、唐寸法なのかは不明。

 

※ 法隆寺金堂釈迦三尊は用明天皇で【法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘⇒如願敬造釋迦尊像并侠侍及荘嚴】⇒荘嚴⇒聖徳太子 身長は参考になりません。

 

維摩経義疏 : 3巻. 5 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

P42-40

薬王如来應供遍知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊世界名大荘巌劫名荘巌佛壽二十劫其聲聞僧三十六億那由他菩薩僧有十ニ億天帝是時轉輪聖王名曰【眷】

聖徳太子】⇒聖徳太子⇒佛世尊世界名 大荘巌 劫名荘巌 佛壽

 

法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘 - Wikipedia

でたらめの誤訳

癸未年三月中、如願敬造釋迦尊像并侠侍及荘嚴具竟。⇒そして、推古天皇31年(623年)3月に、発願のごとく謹んで釈迦像と脇侍、また荘厳の具(光背と台座)を造りおえた。

聖徳太子⇒劫名荘巌】⇒でたらめ口語訳⇒荘厳の具

<閲覧してくださる皆様へ>

 

魏志倭人伝古事記日本書紀史記には漢字を用いて『九章算術』が使われています、解読できないだけなのです。

 

漢字、一字一句は深い意味を持っています、理論的な正しい計算式を導き出してください。

 

<下記の記述も同様です。>

 

法隆寺伽藍縁起并流記資財帳】

 

【法隆寺伽藍縁起并流記資財帳】 (nijl.ac.jp)

 

【合金𡬺力士形貳躯在中門】

 

【合金𡬺力士形貳躯在中門】⇒資財帳に記述されているのに解読できないので、現在は【金剛力士】名称を変更、⇒寸法が記述されていますが解読できないのと、【𡬺】漢表音が不明なのかわかりませんが、金𡬺力士も怒っています。

 

※ 九章算術で記述されています。※ 当方は九章算術の数式で解読しています。

 

𡬺⇒華甲】×【𡬺⇒漢表音】=160

 

【合金𡬺力士形貳躯在中門】⇒深い意味があって建立されているにも関わらず全ての学者、法隆寺の関係者も解読できないお粗末な状況です。

 

※ ついでに。

 

【中門】も意味があって真ん中に柱が立っています、解読できない学者、建築学者は理解できないのです。

 

※ 今回は短めの投稿です。

<追記>

聖徳太子の【聖】は古代中国では聖人に許されている漢字で不文律なのです、属國も倭に於いては天皇であろうと、皇族であろうと使ってはならない漢字なのです。

 

古代中国の史記、日本(倭)古事記日本書紀には仮名【與】を記述しています、唐が滅び、中国に朝貢しなくなってから【聖】を使いはじめ聖徳太子になりました。

 

説文解字の【聖】に記述してありますが、解読できなければ理解できません。

 

周初青铜器铭文中的易卦 ⇒【一六一一一六,曰鼎趾顚顚鼎黃耳奠趾五六一一五八尤】⇒蒙訟師需坤訟干(乾)曰鼑趾顚鼑黃耳奠趾需訟剝屯需比尤。

簡体字?漢字数が足りない?納得にいかない解読 Ⅰ>

【一六一一一六、曰、鼑止眞。鼑黃耳、奠止。五六一一五八。】

 

五経(易)を基軸の解読法を採用しています、この文法は公比という表音の道しるべ的な公比の和(積算)が、ある積算数にならないと仮借表音にたどり着けないのです。

 

※ 公比積算が一定の積算にならず、再度⇒原文を検索。

 

鼎卦戈:最早的《周易》經文與卦象? | 易學網 (eee-learning.com)

 

【一六一一一六曰鼑止真鼑黃耳奠止五六一一五八尤】⇒尤

 

<解読>

【一六一一一六】⇒周易上経三十卦⇒ 4. 6.訟 7.師  5.  2.坤 6.訟。⇒三十。⇒卦 ⇒(卦=か)の仮借、漢字表音はありません。

 

【五六一一五八(尤)】⇒周易上経三十卦⇒漢数字⇒ 5. 6.訟 7.師  3.屯  5.  8.比。三十四⇒卦 ⇒(卦=か)の仮借、漢字表音はありません。

 

【五六一一五八(尤)】⇒周易上経三十卦⇒⇒ 5. 6.訟 7.師  3.屯  5.  8.比 (尤=有=14)。四十八。⇒卦 ⇒(か)の仮借、漢字表音はありません。

 

簡体字?納得にいかない解読 Ⅱ>

 

【一六一一一六曰鼑止真鼑黃耳奠止五六一一五八尤】

曰鼑止真鼑黃耳奠止⇒えつ てい ししんていこうじてんし。

 

【黃・耳】⇒この漢字及び仮借表音にも六十四卦には存在しない。十干には【黃・耳】は存在するが、【干】が漢字表音が見当たらない。

 

曰鼑⇒仮借⇒曰=えつ=いわ-く。鼑=てい=二十七宿⇒旧暦91日 氐。⇒公比積算数【二十七】⇒二十七宿というキーワード。⇒どこにも見当たらない。

 

曰鼑止⇒仮借⇒鼑止=ていし=てい‐し【諦視】⇒[名](スル)じっと見つめること。見きわめること。諦観。⇒てい‐かん〔‐クワン〕【諦観】1 本質をはっきりと見きわめること。諦視。「世の推移を諦観する」2 あきらめ、悟って超然とすること。「諦観の境地」

 

(止)真⇒仮借⇒し‐しん【至心】まことの心。至誠の心。

 

(真)鼑黃⇒(真)鼑⇒仮借⇒しん‐てい【新帝】新しく位についた天子。鼑黃⇒てい‐こう〔‐カウ〕【抵抗】外部から加わる力に対して、はむかうこと。さからうこと。

 

(黃)耳⇒仮借⇒黃)耳こう‐じ【公示】[名](スル)おおやけの機関が、一般の人に広く知らせるために発表すること。

 

(耳)奠⇒仮借⇒(耳)奠⇒じ‐てん【時点】時の流れの上で、ある一点またはある時期。

 

(奠)止⇒仮借⇒てん‐し【天子】天帝に代わって国を治める人。

 

<補足>

銘文の記述。⇒意味解読、三十卦、三十四卦、二十七宿。⇒ここで諦めるか。?

 

八卦・三十卦・三十四卦・六十四卦】【十干・十二支】⇒公比積算で証明解読することを前提に、再再度の解読を試みる。

 

1 何時の時代。⇒史記には現在の議事録のように、仮借表音で甲骨文字の時代でも十干十二支で記述されていますが、紀元前の記述なので当方では解読できません。今回の記述には【止=子=支】の表音は存在するが干支を構成する表音駢字がみつからない。

 

2 【曰】⇒誰が、曰く。

 

3 【尤】⇒尤が他の記述漢字と離れている理由。

 

【一六一一一六曰鼑止真鼑黃耳奠止五六一一五八尤】⇒キーワード。ネット検索。

 

<三回目の解読 Ⅲ>

 

一六一一一六,曰鼎趾顚顚鼎黃耳奠趾五六一一五八尤。

 

董珊:論新見鼎卦戈-复旦大学出土文献与古文字研究中心 (fudan.edu.cn)

 

西周鼎卦戈

一六一一一六,曰:鼑(鼎)止(趾)眞(顚);鼑(鼎)黃耳,奠止(趾)。五六一一五八

 

【一六一一一六,曰:鼑(鼎)止(趾)眞(顚);鼑(鼎)黃耳,奠止(趾)。五六一一五八,】⇒解読には駢字を疎外するので、句読点、は削除。

 

一六一一一六曰鼎趾顚顚鼎黃耳奠趾五六一一五八尤。

 

蒙訟師需坤訟干(乾)曰鼑趾顚鼑黃耳奠趾需訟剝屯需比尤

 

【尤・止(趾)】⇒この漢文文字が甲骨文字より変換されたものを(正)として解読します。

 

【戈】⇒干戈(読み)カンカ。⇒干、(戈=か=加。)⇒比に加える。

 

※ この干戈は率(兵)のための武器で最低30万本ぐらい(古代中国⇒大国⇒1軍=10  万率)は製造されたのではないかと推察されます。

※ 後世の【燕】⇒戦力⇒帯甲(鎧を付けた兵士)数十万、【車】⇒(戦車)600乗、 【騎】⇒6000匹。【史記】⇒蘇秦

 

※ 率の戦闘意欲を向上させる銘文と思われます。

 

1 【干戈】⇒黄帝の意向の武器。⇒1 太極(干=かん=乾=かん・けん=【姓、公】【氏、孫】)。2 干=かん=十干。

 

2 【戈】⇒戈=か=仮借⇒卦⇒加⇒加法・華字。

 

【一六一一一六】⇒周易上経三十卦⇒ 4. 6.訟 7.師  5.  2.坤 6.訟。⇒三十卦。 

 

【曰鼎趾眞顚鼎黃耳奠止趾】⇒ 【えつていそくしんていこうじてんし】⇒1【趾⇒華字⇒𧾷止⇒そく】 2 【趾⇒華字⇒𧾷止⇒し】

 

※ この仮借表音の公比積算。⇒34、三十四卦。

 

1 一層目⇒公比積算。⇒2(二)⇒陰・陽

2 二層目⇒公比積算。⇒4(四)⇒四象

3 三層目⇒公比積算。⇒8(八)⇒八卦

4 四層目⇒公比積算。⇒20(二十)⇒不明。⇒不明とした理由。『九章算術』の除法⇒【被・ 除・約・実・法=商】⇒仮借表音の漢字が存在しないために不明。

 

【五六一一五八尤】⇒【五六一一五八(尤)】⇒周易六十四卦⇒⇒ 5. 6.訟 23.剝  3.屯  5.  8.比 14.尤=有。六十四卦。

 

1 ここまでの公比積算は小計と同様とお考えください。

2 公比積算の総合計が、ある定められた積算数にならないと、解読にすすめません。

 

【蒙 ..需坤.訟曰鼎趾眞顚鼎黃耳奠止趾需訟剝屯需比.尤】⇒十干・周易六十四卦。⇒三百九十九(399)⇒約401397402407⇒このような積算合計では仮借表音が異なるので解読できません。

 

【蒙 訟.師.需坤.訟(干=かん=乾=かん・けん=1)曰鼎趾顚顚鼎黃耳奠趾需

訟剝屯需比.尤】⇒十干・周易六十四卦。⇒四百(400

 

※ 四百(400)⇒意味⇒全州。⇒九州全州。⇒中国全土を表します。

 

  • 古代中国の史記は文節ごとに積算数400が多い、短文節⇒200

 

<当方の考察では3000年以上連々と蓄積された五経(易)アルゴリズム文法は緻密に構成されています。>

 

近代の中国、日本、漢字圏の学者、研究者はここまで緻密な文法で構成されているとは、考えもしないのです。

 

<解読>

.⇒仮借表音⇒蒙 .=もうしょう=もう‐しょう〔マウシヤウ〕【猛将】強くて勇気のある武将。

 

(訟)..⇒仮借表音⇒(訟).師=しょうし=しょう‐し〔シヤウ‐〕【将士】将軍と兵卒。将校と兵士。

 

(師).需⇒仮借表音⇒(師).需=ししゅ=し‐しゅ【死守】[名](スル)命がけで守ること。

 

.⇒仮借表音⇒坤=こん=こん【魂】2 人の肉体に宿る精気。たましい。霊魂。特に陽のたましいをいう。

 

.訟⇒仮借表音⇒.訟=しょう=1 しょう【×捷】 戦いに勝つ。勝ちいくさ。「捷報/戦捷・大捷」 2 しょう【×鍾】あつまる。あつめる。 

 

訟⇒仮借表音⇒.訟=しょう=3 しょう【称〔稱〕】 ほめあげる。たたえる。「称賛・称美・称揚」 4 しょう【賞】 

 

【干戈には各爻解義【蒙訟師需坤訟】【需訟剝屯需比尤】が込められています。】

 

  • 公比積算に影響しないような読みになっています。※公を比の配列漢字に加えると(+1⇒公=甲⇒十干⇒一番。)結果。⇒401になります、数千年の先人の教えなのでこの文法は厳粛に保持されています。

1訟⇒仮借表音⇒.訟⇒華字⇒言公⇒言=(説文解字)⇒辛口=しん。公=こう。⇒しんこう=新皇、【公】。

 

(干=乾=1)、曰鼎趾眞顚鼎黃耳奠止趾需訟剝屯需比.尤⇒仮借表音⇒【姓、公】【氏、孫】⇒黃帝者。

 

<補足>

※ 誤訳の恐れがあるので、【司馬遷⇒《史記》卷一 五帝本紀】 ⇒解読検証。

 

【黃帝者、少典之子、姓公孫、名曰軒轅。生而神靈、弱而能言、幼而徇齊、長而敦敏、成而聰明。】

 

※ 公比積算数⇒四百(400

 

黃帝者、【昇天】【天子】【至聖】【賜姓】姓公【支系】氏孫名曰。

 

※ 軒轅⇒軒⇒車輪軸+干戈、轅、⇒兵馬俑馬車⇒参照。【遠征】【地震】【秦嶺】神靈⇒霊妙な神の徳。神の霊験、弱而。

 

【時代】⇒その当時。徇=春。【瀋陽】【×輜重】⇒軍隊の糧食・被服・武器・弾薬など、輸送すべき軍需品の総称。

 

【而】⇒二=二つ。

 

1 敦敏⇒二文字⇒華字⇒駢字⇒【×梟木】敦=象嵌雲文敦【墓木】【成事】。

 

成而⇒仮借⇒せい‐じ【省字】⇒ 漢字の一部を省き、または一部をもって代表させて表記すること。また、その漢字。「蟲」を「虫」、「菩薩」を「艹艹」と書くなど。省文。

 

2 敦⇒とん=敦煌⇒不明。敏⇒びん。⇒紀元前2千年紀の閩江下流域。⇒不明。

 

<解読>

蒙訟師需坤訟干(乾)曰鼑趾顚鼑黃耳奠趾需訟剝屯需比尤

(干=乾=1)、曰鼎趾顚鼎黃耳奠趾需訟剝屯需比.

 

干(乾)曰⇒干(乾)曰 乾 [音]カン(呉)(漢) ケン(漢)。 天子・君主・男を表す。「乾徳」。曰。

 

鼎趾⇒鼎趾=ていそく=(趾⇒華字⇒𧾷止)𧾷=足=そく。てい‐そく【×鼎足】1 かなえのあし。2  三人で力を合わせ、主君を補佐すること。多く、三公の場合にいう。

 

顚鼑⇒しん‐てい【新帝】 新しく位についた天子。

 

(鼑)黃⇒(顚)黃=てい‐こう〔‐カウ〕【抵抗】 1 外部から加わる力に対して、はむかうこと。さからうこと。

 

(黃)耳⇒(黃)耳=こう‐じ【公示】 [名](スル)おおやけの機関が、一般の人に広く知らせるために発表すること。

 

(耳)奠⇒(耳)=じ【辞】 ことば。(耳)奠=じ‐てん【時点】 時の流れの上で、ある一点またはある時期。

 

(奠)趾⇒(奠)止=てん‐し【天子】 天帝に代わって国を治める人。

 

(趾)需⇒(趾)需=し‐しゅ【死守】[名](スル)命がけで守ること。

 

需訟⇒需訟=1 しゅ‐じょう〔‐ジヤウ〕【主上】《古くは「しゅしょう」》天皇を敬っていう語。至尊。2 しゅ‐しょう〔‐シヤウ〕【主将】全軍を指揮する大将。首将。

【奠=てん=転】※ 1 音韻または語の意味が変化すること。また、変化したもの。「『紺屋(こうや)』は『こんや』の転」

 

需訟⇒需訟=じゅ‐しょう〔‐シヤウ〕【授章】[名](スル)勲章などをさずけること。

 

訟剝⇒訟剝=しょう‐はく【松×柏】1 松とコノテガシワ。常緑樹。ときわ木。2 《常緑樹は一年じゅう葉の色が変わらないところから》節を守って変えないことのたとえ。「松柏の操」

 

屯需比.尤⇒屯需=とん‐しゅ【頓首】[名](スル)《「とんじゅ」とも》1 中国

の礼式で、頭を地面にすりつけるように拝礼すること。ぬかずくこと。

 

比⇒ひ=ひ【碑】 語り伝えるもの。「口碑」

 

尤⇒ゆう〔イウ〕【×尤】[形動][文][ナリ](「ゆうなるもの」の形で)特に、すぐれているさま。「正宗(まさむね)は刀剣の尤なるものだ」

 

<倒語文節>

 

ゆう ひしゅとんはくしょうしゅしてん じこうていしんそくていえつ かん しょうこんしゅししょうもう

 

尤比需屯剝訟需趾奠耳黃鼑顚趾鼑曰乾 訟坤需師訟蒙

 

<補足>

古代中国の史書、倭國の古事記日本書紀は通常の上から下に読む文と下から上に読み上げる文で構成されています。

 

この文法を証明する記述。⇒日本書紀

日本書紀 巻第三 神武天皇紀 (seisaku.bz)

 

最下段から10段上⇒左側。

奉承密策、能以諷歌倒語、掃蕩妖氣。倒語之用、始起乎茲。⇒学者、研究者は解読できていません。⇒古事記日本書紀の編纂時期は大唐に九州を占領され倭、日本が唐の属國の傀儡政権で国家存亡の危機と記述しています。

 

密策⇒パスワード。始起乎茲=しき、こじ。⇒史記、古事。

 

<倒語文節 解読。>

【尤比需屯剝訟需趾奠耳黃鼑顚趾鼑曰乾 訟坤需師訟蒙】

 

尤比⇒仮借⇒尤比=ゆう‐ひ【▽熊×羆】勇ましい者のたとえにいう。

 

※ 仮借、同じ、漢字表音を検索選択する場合、【ゆうひ】⇒【雄飛・夕日/夕▽陽・熊斐・▽熊×羆】文脈を読み取り、消去法で該当駢字を選択。

※ 当方の右文説解読に否定的な、学者、研究者が紀元前2500年の時代の’発音/表音)が同一かなのかは疑問が多いにある。

 

※ まして、古代中国語を日本の現代辞書の漢字音符で解読すること自体がおかしい。

 

※ 当方も不思議に思っています、古代中国文明の漢字を古代倭・日本人の朝廷(皇族)は血族的にバイリンガルです、和訓は別として漢字表音は和表音に発音して理解し、現代辞書につながっていると考えられます。

 

※ この五経文法で解読できるのか試してみました。

 

※ 「庚申.卜厭問歸好之子」⇒庚申年、十六才の好いている子。⇒【厭問=応問=】【卜】⇒占っているのかは甲骨文字では記述していません。【卜】を占いと解釈すれば占っています。

 

※ 公比積算数。⇒16(十六)・27(二十七)⇒二十七宿。 

 

※ 「辛丑卜 貞祝于母庚」⇒辛丑年、【貞祝=底宿の相性. 命業胎の関係.

 

※ 【上経三十卦】【下経三十四卦】【六十四卦】を採用すると公比積算数が合わず解読不可能。

 

※ 【二十七宿】を公比積算数で採用した場合は解読可能。

 

※ 【卜】⇒日本では漢字表音【ト=と】ですが、【ト=ブ・ぶ】⇒漢字表音。参考⇒甲骨文字一覧。中国資料。⇒NO 2644⇒【ト=bu

 

殷墟甲骨文字詞總表 (xianqin.org)

 

陳年福《殷墟甲骨文字詞總表》.pdf

 

※ 【ト・鼑⇒華甲⇒鼎。⇒分=ぶ=分ける。】、これに対し、【ト=と。鼎⇒華甲⇒目=てい、もく。】公比積算を階層に分けることができません。

 

※ 今回の銘文は六階層で公比積算がされています。

 

<解読>

 

尤比=ゆうひ=ゆう‐ひ【▽熊×羆】熊(くま)と羆(ひぐま)。勇ましい者のたとえにいう。

 

比需⇒仮借⇒比需=ひしゅ=ひ‐しゅ【×匕首】つばのない短刀。あいくち。

 

屯剝⇒仮借⇒屯【剝⇒華甲⇒彔・刂=とう】⇒とんとう=とん‐とう〔‐タウ〕【×遁逃】[名](スル)にげること。のがれること。

 

剝訟⇒仮借⇒剝訟=とうしょう=とう‐しょう〔タウシヤウ〕【刀傷】刀で切られた傷。かたなきず。

 

訟需⇒仮借⇒1 訟需=しょうしゅ=しょう‐しゅ〔セウ‐〕【×嘯×聚】[名](スル)人々を呼び集めること。また、呼びあって集まること。嘯集(しょうしゅう)2 しょう‐しゅ〔シヤウ‐〕【唱首】まっ先に言い出すこと。また、先頭に立って人々を教え導く人。首唱者。

 

需趾⇒仮借⇒しゅ‐し【殊死】死ぬ覚悟で物事を行うこと。決死。

 

趾奠⇒仮借⇒止奠=しゆう。趾=し=蚩。奠⇒(華字=中国・解字・字根)⇒奠⇒酋・大⇒1・酉 2 八・酉⇒酉=ゆう=尤。

 

尤⇒ゆうがこの位置に記述されている趣旨、意味は不明。

 

趾奠⇒仮借⇒趾奠=しゆう=蚩尤。

 

(奠)耳⇒仮借⇒(奠)耳=じ=ゆう‐し【勇士】《古くは「ゆうじ」とも》勇気のある強い人。勇者。【有事】(ゆうじ)戦争・事変、武力衝突や自然災害などにより国家にとって非常事態が起きること。

 

※【耳黃=じこう】⇒仮借⇒じこう=1 じこう【次項】次の項目。文章などで、複数の項目がある場合に、直後の項目を示す。2 じ‐こう〔‐カウ〕【事項】ある物事の中の一つ一つの事柄。

 

※ 上記の【耳黃=じこう】を熟語、駢字に採用するのかは不明。

 

黃鼑⇒仮借⇒黃鼑=こうてい=こう‐てい〔クワウ‐〕【黄帝】中国古代の伝説上の帝王。名は軒轅(けんえん)。神農氏のとき、暴虐な蚩尤(しゆう)と戦って勝ち、推されて帝となった。衣服・貨幣・暦・医薬・音律などを定めたという。五帝の一人。

 

鼑眞趾⇒仮借⇒鼑眞=ていしん=てい‐しん【×鼎臣】三公の地位にある臣。大臣。眞止=しんし=1 しん‐し【臣子】家来。臣下。2 しん‐し【信士】 信義に厚い人。

 

趾鼑⇒仮借⇒止鼑=してい=し‐てい【紫庭】《「紫」は天帝の座の紫微垣(しびえん)の意》内裏(だいり)。皇居。宮中。

 

鼑曰⇒仮借⇒ていじつ=てい‐じつ【帝日】陰陽道(おんようどう)で、その人の性(しょう)により、諸事に吉とされる日。

 

訟⇒仮借⇒乾 訟=かんしょう=かん‐しょう〔クワン‐〕【完勝】[名](スル)一方的に勝つこと。完全な勝利。「大差をつけて完勝する」⇔完敗。

 

訟坤⇒仮借⇒訟坤=しょうこん=1 しょう‐こん〔シヤウ‐〕【傷痕】きずあと。「戦争の傷痕がなまなましい」2 しょう‐こん〔セウ‐〕【招魂】死者の霊をまねいて祭ったり鎮めたりすること。

 

需師⇒仮借⇒しゅし=1 しゅ‐し【酒×巵】さかずき。酒杯。2 しゅ‐し【洙泗】【一】中国山東省曲阜県を流れる泗水(しすい)と、その支流の洙水(しゅすい)

 

師訟蒙⇒仮借⇒師訟=ししょう=1 し‐しょう【師承】[名](スル)弟子が師から教えを受け伝えること。師伝。2 文字によって表現された言葉。詩歌や文章。

 

蒙⇒仮借⇒蒙=もう・ぼう=もう・ぼう【望】

【需屯剝訟需乾訟坤需師訟蒙】⇒六十四卦の教え。

 

<備考>

尤比=ゆうひ=ゆう‐ひ【▽熊×羆】熊(くま)と羆(ひぐま)。勇ましい者のたとえにいう。

 

※ 尤比=ゆうひ=ゆう‐ひ【▽熊×羆】⇒仮借(熟語、駢字)、たしかに、現代辞書に記述されています、しかし、紀元前2500年に存在したのか?疑問を持ち検索いたしました。

 

史記 : 本紀 : 五帝本紀 - 黃帝者,少典之子,姓公孫,名曰軒轅。 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

 

【軒轅乃修徳振兵治五氣蓺五種撫萬民。】【度四方教熊羆貔貅貙虎以與炎帝戰於阪泉之野。】

 

※ 司馬遷のパクリ?

 

<当方の解読>

軒轅⇒軒⇒車輪軸+干戈、轅、⇒兵馬俑馬車⇒参照。

 

中國古代科技 交通系列:獨轅車與漢代後的雙轅車的發明 - 每日頭條 (kknews.cc)

 

1 軒轅を新兵が習得して午後の時間、当番勤務を終え、たわごとや舞芸で過ごしていた。

 

2 度四方⇒周囲一帯、熊羆=勇敢で勇ましい戦士が絶え間なく戦い、(貔貅貙虎以)⇒ひ‐きゅう〔‐キウ〕【×貔×貅/×豼×貅】、おう‐こ〔ワウ‐〕【往古】《古くは「おうご」》過ぎ去った昔。大昔。往昔(おうせき)

 

こ‐い〔‐ヰ〕【虎威】虎(とら)が他の獣類を恐れさせる威力。強大な武力・権力などをいう。「虎威を張る」

 

以與⇒いきょく=い‐きょく〔ヰ‐〕【囲局】⇒三百六十一路。

 

炎帝戰於⇒1 炎帝。停戦。

 

阪泉之野⇒ゆうせん=ゆう‐せん【勇戦】[名](スル)いさんで戦うこと。いさましく戦うこと。せん‐し【戦士】 戦場で戦う兵士。つわもの。「無名戦士」せん‐し【戦死】[名](スル)戦いに参加して死ぬこと。「前線で戦死する」「戦死者」

 

せん‐し【戦史】戦争の歴史。また、その記録。せん‐し【先史】《prehistory》文献で知られる以前の時代。また、その歴史。史前。有史以前。

 

し‐すい【泗水】中国山東省にある川。

 

<まとめ>

中国ではこの文節を研究されているようですが、二十七宿・五経の公比にたどりつけないようで、解読経緯の論文がありましたので掲載いたします。

 

【数字卦与重卦

 

仲元吉:數字卦與重卦說-复旦大学出土文献与古文字研究中心 (fudan.edu.cn)

 

以上

 

 

 

 

無文字を盲信している方へ、鯨⇒入れ墨と誤訳する学者、研究者様へ。

樂有五弦、琴、笛。男女多黥臂點面文身,沒水捕魚。無文字,唯刻木結繩。敬佛法,於百濟求得佛經,始有文字。

 

<解読>

樂有五弦琴笛男女多黥臂點。⇒仮借⇒【樂=雅楽】【五弦琴】【笛=笙】【笛男⇒華甲⇒田力】⇒てきでん=てき‐でん【▽嫡伝/的伝】正統を受けつぐこと。直伝(じきでん)。

 

男女多黥臂點。⇒仮借⇒1 でんじょ⇒殿女。2 男女。⇒どちらかは不明。

 

1 多黥臂點。⇒仮借⇒多黥⇒多くの人が肘に入れ墨、【點=点】ここで解読は終了。文脈が繋がらない。

 

2 多黥臂點。⇒仮借⇒多黥=たげい=多芸、【臂 點⇒華甲⇒黑占=ひせん。】ひせん=ひ‐せん【卑×賤/×鄙×賤】[名・形動]地位・身分が低いこと。人としての品位が低いこと。また、そのさま。

【點=点⇒終止符 。】この文節はここで終了。

魏志倭人伝

【男子無大小 皆黥面文身 自古以來 其使詣中國】

男子無大小皆黥面文身自古以來其使詣中國皆自稱大夫=男子は大人、子供の区別なく、皆、(鯨=芸)面積計算や技術、学問、知識を身につけている、高い教養を身に着けているのは、古来より中国に詣でる遣使によるものと思う。

<注釈>

ここでいう大夫=50人の屯長

皆自稱大夫夏后少康之子封於會稽=皆、大夫の子供(仮名=夏后、少康)は夏の終わり頃には測量、境界盛土の技術を習得するだろう。

 

<古代中国文法を理解できない学者様へ>

【夜=Nigh】は理解ができる。2 【騎士=Knight】は理解できない学者。※ 学者曰く、ケーナイトが正しい。⇒ケーの夜。

 

随書に呉音=百済音)を混ぜて読む学者様、この先の文節は理解できません。

 

面文,⇒仮借⇒面文⇒【面⇒華甲⇒一丿囬⇒かい⇒囬文=かいぶん】⇒かい‐ぶん〔クワイ‐〕【回文/×廻文】和歌・俳諧などで、上から読んでも下から逆に読んでも同じ音になるように作ってある文句。「たけやぶやけた」の類。かいもん

 

文身⇒仮借⇒文身=ぶんしん=ぶん‐しん【文臣】文事によって仕える臣。文官。

 

身沒水捕魚無文字唯刻木結繩敬佛法,⇒仮借⇒身沒(華甲)⇒しんせん=しん‐せん【新選/新×撰】[名](スル)新たに選ぶこと。特に、新たに編纂(へんさん)すること。また、その書物。

 

<より高度の文脈>

 

沒水⇒仮借⇒沒(華甲)水=せんすい=故事成語⇒そっせん-すいはん【率先垂範】人の先頭に立って物事を行い、模範を示すこと。▽「率先」は先んじる、人の先頭に立つ意。「垂範」は模範を示すこと。

 

水捕⇒仮借⇒水捕=すいほ=すい‐ほ【推歩】天体の運行を推測すること。暦などの計算をすること。暦学。「推歩の学」

 

捕魚⇒仮借⇒捕魚(華甲)⇒ほてん=ほ‐てん【補塡】[名](スル)不足・欠損部分を補って埋めること。塡補。

 

<無文字は無文字か?)

 

無文⇒仮借⇒無文=ぶぶん=ぶ‐ぶん【舞文】 自分勝手に言葉をもてあそんで自分に有利な文章を書くこと。また、その文章。「舞文を弄(ろう)する」

 

文字⇒仮借⇒文字=ぶんじ=ぶん‐じ【文辞】文章。また、文章の言葉。

字唯⇒仮借⇒字唯(華甲)⇒じこう=次項読み方:じこう。次の項目。文章などで、複数の項目がある場合に、直後の項目を示す。

<彫刻、版木を愛好しているみなさまへ>

 

唯刻⇒仮借⇒唯(華甲)刻(華甲)⇒こうい⇒こう‐い〔カウ‐〕【校異】古典などで、同一の作品に複数の異なった本文がある場合、文章の語句や文字の異同を比べ合わせること。また、その作業の結果。

 

刻木⇒仮借⇒刻(華甲)木⇒いぼく=い‐ぼく〔ヰ‐〕【遺墨】故人が書き残した書画。遺芳(いほう)。

 

木結繩敬佛法,⇒仮借⇒木結(華甲)⇒ぼくし=ぼくし【墨子】中国の思想書。現存53編。[一]およびその門人や後学の墨家が著した書。兼愛・非戦・節倹などの墨家的主張を述べたもので、他に論理学・自然科学・戦争技術についての記述もみられる。

 

結繩敬佛法,⇒仮借⇒結(華甲)繩⇒ししょう=し‐しょう〔‐シヤウ〕【師匠】 学問または武術・芸術の師。先生。

 

繩敬佛法,⇒仮借⇒繩敬=しょうけい=しょう‐けい【承継】[名](スル)前の代からのものを受け継ぐこと。継承。

佛法,⇒佛法。

 

<通説解読を崇拝している方は隋書を記述した文官を馬鹿と思っているのか。?>

 

科挙に合格した文官が通説解釈のような記述をすると信じているのですか。

【無文字⇒舞文文辞】と記述してあれば、ご納得がいくのですか。?

大国【隋】から見れば、属國の野蛮な倭人の記述に親切丁寧に記述するとは思えません。

 

随書を入手した大和朝廷は批判的に記述されているので、古事記日本書紀に悔しくて隋遣使⇒遣唐使、いたるところの記述でえこひいきした記述と言い訳を書き記しています。

その一つが【弖】⇒【テ】ではありません。⇒【や】

 

倭・日本は古事記日本書紀を解読できないように文法を変更。⇒宣命で漢字の使い方を発布。

 

日本書紀私記 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

 

※ P-4⇒後和(答也=古多江弖)⇒也⇔弖。

※ P7 弖⇒細かいので不明。

 

※ 公比積算に使われる。8(八=や)。この発見により現代辞書の意味、音符を書き換える必要が出てきます。【弖爾乎波(てにをは)】

 

【弖】⇒【国字】古代中国、古事記日本書紀以前の記述には存在しません。

 

※ 歴史的にどのような連鎖が起きるか。

 

※ 稲荷山古墳出土鉄剣。時代考証の見直し。

 

※ 現代辞書の訂正。

 

古代中国史記の東夷伝等は漢音ですか、呉音(百済音)を混ぜての読みで解読しているのですか。?

 

学者、研究者は古事記日本書紀を訓読しているので未来永劫、解読できません。

 

古代中国の殷時代(紀元前2500年)より連々と使われてきた文法を高々日本の誤訳解釈で解読できるはずがない。

 

隋書/卷81 - Wikisource

 

【其國境東西五月行,南北三月行,各至於海。其地勢東高西下。都於邪靡堆,則魏志所謂邪馬臺者也。】

 

『邪靡堆(北史には邪摩堆とある。靡は摩の誤りであろう)馬鹿な論法。

<何を言っても無駄だけど>

 

【邪⇒漢音⇒しゃ・(表外=や】⇒魏志倭人伝の表音は異なります。

 

【摩=ま・ば⇔靡=ひ・び・み】⇒古代中国の文法を根本的に理解していない。⇒【摩⇒華甲⇒麻・手】【靡⇒華甲⇒麻・非】⇒【麻=ま・ば】⇒隋書の表音は【ば】

【其國境東西五月行,南北三月行,各至於海。其地勢東高西下。都於邪靡堆,則魏志所謂邪馬臺者也。】

 

<通説は、何を記述しているのか理解できない。>

 

其國境⇒其國境⇒漢音、訓音で理解してください。

 

東西五月行⇒【東=公比=3】【西=公比=6】⇒九日(9日間)、【五月行=ごげつぎょう⇒×ごがつこう】⇒二十四節気(にじゅうしせっき) 旧暦の月、五月、参照

 

二十四節気 - Wikipedia

夏至 - Wikipedia

期間としての意味もあり、この日から次の節気の小暑前日までである。

 

南北三月行⇒南北=なんぼく=【南=公比=1】【北=公比=8】⇒九日(9日間)

旧暦の月、三月、参照

二十四節気 - Wikipedia

清明 - Wikipedia

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の穀雨前日までである。

 

各至於海其地勢⇒漢音、訓音で理解してください。⇒仮借で記述されていて意味はありますが、省略。

 

東高西下⇒【東=3、高=2、西=6、下=3】⇒14⇒14日間⇒韓国(百済)からの行程日数。韓国⇒対馬壱岐⇒平戸⇒松浦⇒伊都國⇒都

 

都於邪靡堆,則魏志所謂邪馬臺者也。⇒都於⇒都へは。⇒ゆうばたい。邪⇒ゆう【×宥】なだめる。靡堆=ばたい=ば‐たい【馬体】馬のからだ。

則⇒則=そく=足=歩行。

 

魏志所謂邪馬臺者也。⇒魏志=ぎし=魏史、志所=ししょ=史書⇒【魏史、史書】の記述の所。

 

所謂邪馬臺者也。⇒所謂=しょい=いわゆる。⇒【邪馬=ゆうか】【馬臺=かし=か‐し【下士】】【臺者=ししゃ=使者】

 

<結論>

 

自己の無知を棚に上げ、誤写、中国の史書はでたらめ記述、解読できないとおきまりの役職、個人名、大和に結びつける。

 

【夜=Nigh】は理解ができる。2 【騎士=Knight】は理解できない学者。※ 学者曰く、ケーナイトが正しい。⇒ケーの夜。⇒ケニギハトかな。?

 

陳寿の【邪馬壹国】⇒古代中国の文法に無知な学者の通説表音⇒1【邪馬壹国=やまいちこく】 21【邪馬臺国=やまたいこく】

 

陳寿の【邪馬壹国】⇒【邪馬壹国=ゆうかとうい】⇒仮借⇒ゆう‐か〔イウ‐〕【有価】とう‐い【東×夷】⇔価値のある属國、東夷、倭。

 

【邪馬壹国】⇒この四文字に故事成語論語以上の記述が漢字曼荼羅で隠されています、倭=九州=九國、卑弥呼の若い使者が八卦の書を感激して写本していった。陳寿自身の略歴も記述されています。

 

※ あまりにも膨大なので途中で中止。

 

※ 当方のブログで魏志倭人伝を投稿していますが、この当時は【華甲】文法にたどりつけず、多少の誤訳もありますが、解読に遜色はありません。

 

※ 今回はこのへんで!

 

 

日本書紀・書名、解明されてないのに、本文の通説解釈に疑問を持ちませんか。 Ⅰ

<注釈>

国史大系. 第2巻 続日本紀 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

日本書紀⇒記述⇒P67⇒ P122 養老4年(720年)5月癸酉条に次のようにある。

 

【先是一品舎人親王奉勅修日本紀 至是功成奏上 紀卅卷系圖一卷】⇒せん しいちひんしゃじんしんおうほうちょく(せん)じつ ほんしししこうせいそうじょうしじゅうかんけい(ず)いちかん。

【修・圖】⇒この漢字は(華甲、華字、解字、字根)⇒借字表音(仮名表音)⇒1 修⇒漢字構成⇒夂・彡⇒彡⇒せん。2 圖⇒囗・⇒啚⇒啚⇒づ、ず。

か‐こう〔クワカフ〕【華甲】⇒《「華」の字を分解すると六つの「十」と「一」とになり、「甲」は甲子(きのえね)で十干と十二支のそれぞれの最初を指すところから》数え年61歳の称。華年(かねん)。還暦。

※ 信じられない閲覧者さまへ。

蘭奢待/蘭麝待(らんじゃたい)

正倉院宝物目録での名は黄熟香(おうじゅくこう)で、「蘭奢待」という名は、その文字の中に"東・大・寺"の名を隠した雅称である。

※ 当方ブログの借字表音(仮名表音)の解読は右文説と言われているようです。

右文説 - Wikipedia

※ 右文説⇒漢音・呉音=百済音⇒(華字・華甲⇒解字、字根)表音⇒借字表音(仮名表音)⇒現代辞書検索。

※ 漢文の趣旨及び意味は一層~三層に構成されています、古事記日本書紀の写本はカタカナの訓読み、句読点、返り点がありますが、これを正しいと考えると解読できません。

※ 熟語=駢字が構成できないので意味不明になります、同音異字で一重・二重で構成⇒1 同音=どうおん=どう‐おん〔ダウ‐〕【導音】。2 音異=おんい=おん‐い〔‐ヰ〕【×蔭位】。おん‐い〔‐ヰ〕【恩威】。

同音異字 - Wikipedia

 

古事記日本書紀の文法構成 事例>

※ 一層目⇒同音異字⇒漢音⇒同音=とういん=とう‐いん〔タウ‐〕【唐音】。異字=いじ=1 い‐じ【異字】=1 異なった文字。他の文字。2 い‐じ【意字】=表意文字のこと。⇔音字(おんじ)

 

※ 二層目⇒同音=とういん=とういん〔タウヰン〕【唐韻】=中国の韻書。唐の孫愐(そんめん)の撰。751年成立。隋代の陸法言らの「切韻」を増訂したもの。一部分が現存する。異字= い‐じ〔ヰ‐〕【遺事】= 昔から伝えられてきた事柄。

 

※ 三層目⇒同音=とういん=とう‐いん〔‐ヰン〕【頭韻】=押韻法の一。詩歌・韻文などの句頭・語頭に、同一の音をもった語を繰り返して用いること。い‐じ〔‐ヂ〕【意地】=1 句作上の心の働き。2 い‐じ〔ヰ‐〕【遺事】。 昔から伝えられてきた事柄。

 

※ 古事記・日本書記は限れた貴人だけに解読できて、不特定多数(親中派⇒大唐、新羅百済の渡来人)には解読できないように記述しています。

 

※ 古事記は注釈があるので多少は解読できますが、それでも難解です。訓読は論外。

 

※ 古事記・日本書記は標準漢字構成が借字表音(仮名表音)⇒1漢音⇒90% 2呉音(百済音)5% (華甲・華字・字・字根)5%⇒23は以音。

 

※ 古事記は注釈があるので多少は解読できますが、それでも難解です。訓読は論外。

※ 古事記は読み間違いをしないように注意しているのです。

 

<事例 要約 1

※ 事例⇒天之御中主神【訓高下天云阿麻下效此】⇒高の下の天=てんは訓読みで【阿麻=あま】だが、漢音で読むこと、華甲⇒解字・字根音を公比積算に使用すること。

 

下效⇒下效=かこう=か‐こう〔クワカフ〕【華甲】

效此⇒こうひ=こう‐ひ【公比】=等比数列で、ある項とその前の項との比。

 

※ 現代人は音読み、訓読みを使い分けていますが、奈良時代の人は大和言語が通常の言語です、あえて訓読みしなさいと注意記述をしますか、新しい殷音なので(以音=この音を用いなさい。)

※ 古代の漢字史記は句読点はありません、後世にでたらめな句読点を加筆したので解読不可となりました。

 

<事例 表音辞書検索 羅列 2

事例⇒天之御中主神訓高下天云阿麻下效此⇒借字表音(仮名表音)=てんしふうちゅうしゅしんくんこうかてんしあまかこうひ。

天之御中主神⇒てん‐し【天子】=天帝に代わって国を治める人。帝王。日本で、天皇。御中=ふうちゅう=楓虫。主神=祭られている祭神の中で、中心となる神。

 

神訓高下⇒しん‐くん【神君】=偉大な功績のあった高徳の君主に対する敬称。くん‐こう【勲功】=国家や君主に尽くした功績。こう‐か〔カフ‐〕【×閤下】

 

天云阿麻⇒天云=てん‐し【天子】。阿麻=こうりん=こう‐りん〔カウ‐〕【降臨】=天上に住むとされる神仏が地上に来臨すること。

 

下效⇒下效=かこう=か‐こう【仮構】=[名](スル)実際にはないことを存在するものとして仮に作り設けること。想像によってつくり出すこと。

效此⇒こうひ=こう‐ひ【口碑】=《石碑のようにながく後世にのこる意》古くからの言い伝え。伝説。

 

※ 事例⇒天⇒借字表音(仮名表音)⇒てん=転⇒てん=1 音韻または語の意味が変化すること。また、変化したもの。「『紺屋(こうや)』は『こんや』の転」

 

※ 漢字数の増減はありません、文節漢字の返り点は解読法が理解できずに加筆した諸悪の根源です、句読点、返り点を取り入れると解読が不可能になります。

 

<要約>

 

【先是一品舎人親王奉勅修日本紀 至是功成奏上 紀卅卷系圖一卷】

せん‐し【先史】、一品=一番優れている物・人。舎人親王、ほう‐ちょく【奉勅】=[名](スル)勅命を奉じること。

ちょく‐せん【勅×撰】=1 天皇上皇の命によって、詩文を選び、書物を編纂(へんさん)すること。⇔私撰。2 天皇上皇がみずから詩文を選び、書物を編纂すること。

日本紀 至⇒1 ほん‐し【本誌】= 別冊や付録に対して、雑誌の本体となる部分。2 

し‐し【詩史】=史実や人物の伝記などを詩の形式でつづったもの。

 

是功成奏上⇒し‐こう〔‐カウ〕【詩稿】、こう‐せい〔カウ‐〕【校正】、せい‐そう〔‐サウ〕【正装】、そう‐じょう〔‐ジヤウ〕【奏上】

 

上紀⇒じょう‐し〔ジヤウ‐〕【上×梓】=[名](スル)《梓(あずさ)(キササゲ)の木を版木に用いたところから》⇒1 文字などを版木に刻むこと。2 書物を出版すること。「論文をまとめて上梓する」

 

紀卅⇒し‐じゅう〔‐ジフ〕【四十】= 104倍の数。よんじゅう。

 

卷系⇒かん‐けい【簡×勁】=[名・形動]言葉・文章などが、簡潔で力強いこと。また、そのさま。「簡勁な筆遣い」

系圖⇒けい‐ず〔‐ヅ〕【系図】=1 先祖から子孫に至る一族の系統を書き記した表。系譜。家譜。家系図。2 由来。来歴。「古典派音楽系図をたどる」

 

※ 日本紀⇒卅卷、系圖一卷⇒40セット。

<補足>

しょ【書】⇒3 書物。本。⇒書の単位⇒冊。

書はどこにも記述されていません。巻物の木版印刷の記述。

※ 日本紀⇒写本⇒書に校正したので、日本書紀=にほんしょき⇔にほんじつき⇒書⇒華甲⇒漢字構成⇒日=じつ=実。⇒実紀(記)

 

※ 日本書紀の論争は解読できてからにしてもらいたい。

 

日本書紀、限られた皇族、朝廷の限られた人にしか解読できないように編纂されている実紀。⇒じっ‐き【実記/実紀】⇒事実をありのままに書きとめた記録。実録。

 

根拠>

隋書/81⇒倭國⇒夏、殷之代,時或來王。⇒属國(倭國)⇒【制詔 親魏倭王卑弥呼 帶方太守劉夏遣使】⇒要約⇒魏國の天子が変わっても中国の属国として未来永劫存続するという調印。

 

※ ふざけるなと立ち上がるイザナギ、ニニギ、瓊瓊杵尊、中国は魏⇒晋に禅譲され、晋にニニギ、瓊瓊杵尊が宣戦布告をされ即位を辞退、子供の火折尊(ほおりのみこと、

火遠理命)、あるいは彦火火出見尊

 

三種の神器を授与、もう一つの条件は中国の血筋(血族)結婚を約束させられます。⇒日本書紀記述抜粋要約。

 

※ 晋・西晋・隋・唐の血筋⇔大伴・物部・蘇我・藤原(とうげん)⇒親中派VS独立派の天皇の血族と政権の争い。

 

斉明・天智・天武⇒白村江の戦いに敗れるが独立を目指し遷都、またしても大唐が立ちふさがります、九州(壱岐筑前・筑紫・肥前・肥後・豊前・豊後)大唐の傀儡政権⇒新羅百済に陥落⇒100年余り占拠されていた。⇒続日本書紀の記述。

 

持統・文武(47天皇独立派)⇒親中派VS独立派の争い。⇒淳仁47天皇独立派)⇒安碌山の乱に乗じて渤海國の同盟で九州を奪還、日向、大隅隼人は独立派。

 

※ 日向、大隅隼人は現代科学でDNAが縄文系なのは中国、新羅百済、の血族少ないのではないか。?

※ 続日本書紀参照。

 

P73⇒独立派⇒二十一國⇒事例⇒伊賀國(獣=じゅう=従)、疫、疾⇒(疫=えき=役=戦。)飢賑⇒(華甲文法⇒飢賑⇒しかい⇒食=し、貝=かい⇒しかい=し‐かい【四戒】心の邪念として戒めている、驚く、恐れる、疑う、惑うの四つ。⇒疑う。

 

P23 大風⇒事例⇒駿河下総大風⇒おおかぜ、台風ではありません。⇒華甲⇒大⇒華甲⇒一(いつ)人。風⇒華甲⇒𠘨(き)䖝⇒華甲⇒丿虫(ちゅう、き)⇒華甲表音⇒いつき=いっ‐き【一×揆】⇔現代辞書。

 

親中派のよりもどしで再び属国になったが九州は日本の領土に100年で取り戻す。⇒称徳天皇孝謙天皇重祚、) 光孝(57天皇),直光元年。光啓(こうけい)は中国・唐代僖宗の治世で用いられた。8853 - 888年正月。⇒属国。

 

73P 大和に二十一國⇒独立派⇒縮小

安碌山⇒361P 安碌山

392P~396P⇒九州 392P 天平宝字5年 761年 奪環⇒華甲⇒ 單功 せん‐こう【先攻】 三十万三千七百餘人  372P戦争準備。766年⇒361P⇒317P (魏志倭人伝=難升米=(南)春米=献上米⇒225P) 豊前國 反乱。120P薩摩隼人謀反⇒

新羅大宰府。日向、大隅 大和の味方。

 

<補足・付録>

393P 越州 浦陽府⇒蘇州 ⇒ 造船。街道:浦南街道、浦陽街道、仙華街道

越前国・越後國ではありません。

 

寧波船⇒建造⇒卑弥呼の時代~奈良時代はここで船を建造していると思われます。

寧波船 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

寧波市 - Wikipedia

こん‐りょう〔‐リヤウ〕【今良】⇒律令制で、賤民から良民となった者。⇒三百六十六人編附 左右京 大和。越州におかれていた(長崎出島)のような附から戸籍を編入した。

 

国史大系. 第2巻 続日本紀 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

 

<関連記述>

日本書紀 巻第十七 継体天皇紀 (seisaku.bz)

天皇幼年、父王薨。振媛廼歎曰「妾、今遠離桑梓、安能得膝養。余歸寧高向【高向者、越前國邑名】奉養天皇。」

【高向者、越前國邑名】※ 中国、憎し、⇒加筆⇒越前国gた通説?。

【寧高】⇒ねいこう=寧江⇒ニンザン県(ニンザンけん、ベトナム語Huyn Ninh Giang/縣寧江)。

安南都護府⇒現在のハノイ

安易に解読できるようには記述されていないのです。

日本書紀 >

日本書紀⇒にほんしょきではありません。⇒じつほんじつき。⇒漢表音⇒五経基軸文法で記述されています。

日本書紀⇒日=じつ=実。本=ほん=本。※現在は1 にほん、2 にっぽん、※ 呉音(百済音)にち、にっ。

日本書紀⇒書=しょ⇔漢表音⇒⇒解字・字根=漢字構成の偏旁(へんぼう)⇒音符⇒日(じつ)だけを漢表音で採用します。

紀⇒※どうして言偏の記を用いないのか。※ 紀⇒解字⇒糸+己⇒字源⇒会意。「糸」(ベキ)をならべたもの。子、巳、思と同系。

己⇒き【己】⇒十干(じっかん)の第六。つちの。

 

說文解字 - 書 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

2 序: 倉頡之初作書,蓋依類象形,故謂之文。其後形聲相益,即謂之字。文者,物象之本;字者,

說文解字 - 本 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

2 序: 倉頡之初作書,蓋依類象形,故謂之文。其後形聲相益,即謂之字。文者,物象之本;字者

 

  • 説文解字では同じ解釈は記述されています。解釈は閲覧者様でお願いします。

※ 日本紀・日本実紀・日本書紀⇒表題の趣旨、解釈は不明。

 

日本書紀私記

日本書紀私記 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

日本書紀』については、平安時代に、養老5年(721年)、弘仁3年(812年)、承和10年(843年)、元慶2年(878年)、延喜4年(904年)、承平6年(936年)、康保2年(965年)の7回の講書「日本紀講筵」が行われたとされる。

 

※ 一度、閲覧してみてください。記号が漢字の上部に符丁として記述されています。⇒ イ ●▲○◐◒◑◓⇒その他・

※ 学者、研究者は右文説、(華甲、解字、字根)の思考が無いので解読されイェイ内容です。当方も当初は解読できませんでしたが判明しました。

※ イ⇒部首・●⇒呉音・▲⇒漢音・〇⇒訓音・偏旁の殷音⇒◐◒◓◭◮・その他、記号。

※ 公比という思考が存在しないので悪戦苦闘しているのがわかります、一つの文節で数えきれない表音が有るので解読できないのです。訓読みを交えたら解読は壊滅的となります。

 

※ 釈日本紀でも記述に古事記日本書紀が(切韻日陸法言=『切韻』(せついん)なので解読云云。⇒【如何】 《ニ ナル》こうだと決めかねる、または他に可能性のある状態・様子であることを表す語。

 

※ 日本書紀私記のP-3の文頭【天地未分】⇒〇⇒訓読みしています。天⇒華甲⇒△大・人決めかねています。⇒公比積算文法にたどり着かないので解読できていません。

 

※ P-4⇒後和(答也=古多江弖)⇒也⇔弖。

※ 公比積算に使われる。8(八=や)。この発見により現代辞書の意味、音符を書き換える必要が出てきます。【弖爾乎波(てにをは)】

※ 安万・阿礼の記述を比較しています。

一書曰國常立尊天鏡尊天鏡尊生天萬尊天萬尊生沫蕩尊沫蕩尊伊弉諾尊沫蕩此云阿和那伎。

 

いち じつ えつ こう じょうりゅうしゅうせいてん けい しゅうてん けい しゅうせいてんぎょうしゅうてんそうしゅうせい ぼくとうしゅうせんとうしゅうせいいじょうこうそんぼくとうひしていこうゆう(き=ぎ)

 

<補足>

重要な漢字語句は華甲文法が少ないようです。

天鏡、沫蕩、伊弉諾尊

天鏡とは - コトバンク (kotobank.jp)

 

沫蕩=ぼく‐とう【×幞頭】=律令制で、朝服に用いたかぶり物。中国唐代に士大夫などが着用した頭巾(ずきん)を模したもの。

幞頭とは - コトバンク (kotobank.jp)

いち‐じつ【一実】=仏語。絶対平等の真実。真如。また、一乗法をいう。

 

<一層目 要約>

いち じつ えつ こう じょうりゅうしゅうせいてん けい しゅうてん けい しゅうせいてんぎょうしゅうてんそうしゅうせい ぼくとうしゅうせんとうしゅうせいいじょうこうそんぼくとうひしていこうゆう(き=ぎ)

 

(魏=注釈)、一実、交譲、紹隆、(竜集=1年)、盛典、天鏡、桂秋、天恵、秋晴、天業、天宮、伝奏、湊集、幞頭、踏襲、終戦、せん‐とう【先頭】=いちばん先。「列の先頭に立つ」、黙祷、伊弉諾尊、委譲、条項、上皇、せん‐とう【仙▽洞】=上皇の御所。転じて、上皇。仙洞御所。仙院。

 

ひ‐し【秘史】、世間に知られていない歴史。隠された歴史上の事実。また、それを記した書物。「大戦秘史」、ひ‐し【悲史】、悲しい歴史。悲しい史実の記録。哀史。

 

し‐てい【仕丁】⇒じちょう(仕丁)自重には「じじゅう」および「じちょう」という2つの意味と読み方がある。(一)「じじゅう」は、物そのものの重量のことである。(二)「じちょう」は、軽はずみなことをしないよう注意すること、言動を慎むことである。

【阿和那伎】⇒華甲⇒一句づつ解字すると下記の熟語(駢字)になります。

しゆう〔シイウ〕【蚩尤】中国の伝説上の人物。黄帝と戦い、濃霧を起こして苦しめたが、指南車を作って方位を測定した黄帝に涿鹿(たくろく)で敗れたという。

 

わな【×罠/×羂/輪奈】人をだまして陥れるための計略。「うまい話には―がある」、こう‐わ〔カウ‐|コウ‐〕【講和/×媾和】、[名](スル)交戦国が、互いに協定を結んで戦争をやめ、平和を回復すること。「―を結ぶ」、ゆう‐わ〔イウ‐〕【×宥和】[名](スル)対立する相手を寛大に扱って、仲よくすること。

 

ゆう‐し〔イウ‐〕【有史】歴史で、文字による記録のあること。「有史以前」「有史時代」。ゆう‐し〔イウ‐〕【有刺】とげがあること。

 

ぎし【魏志】中国の歴史書三国志」のうち、魏の国に関する史実を記した部分の通称。30巻。「蜀志(しょくし)」「呉志」とともに、晋の陳寿の著。魏書。

 

※ すべて、漢音・呉音、華甲を現代辞書検索して羅列しただけです、推測、漢字の増減はありません、又、返り点による熟語校正もしていません。

 

※ すべて文頭から順番に並べただけです。

 

<二層目 要約>

いち じつ えつ こう じょうりゅうしゅうせいてん けい しゅうてん けい しゅうせいてんぎょうしゅうてんそうしゅうせい ぼくとうしゅうせんとうしゅうせいいじょうこうそんぼくとうひしていこうゆう(き=ぎ)

 

一実、紹隆、修正、聖典、成典、典経、典型、修正、転経⇒《「てんぎょう」とも》「転読(てんどく)」に同じ。凝集/凝×聚、宗典、総収、集成、修成。

 

せい‐ぼく【清×穆】⇒清らかで、やわらいでいること。多く、手紙文で相手の幸福・健康を祝う語として用いる。「御清穆の段お喜び申し上げます」、とう‐しゅう〔タフシフ|タウシフ〕【踏襲/×蹈襲】⇒[名](スル)前人のやり方などをそのまま受け継ぐこと。

 

せん‐とう【先頭】⇒いちばん先。「列の先頭に立つ」。しゅう‐せい〔シウ‐〕【醜声】⇒不名誉なうわさ。恥ずべき評判。醜聞。せい‐い【誠意】⇒私利・私欲を離れて、正直に熱心に事にあたる心。まごころ。

じょう‐こう〔デウカウ〕【条項】⇒箇条書きにしたものの、一つ一つの項目。箇条。「人権に関する憲法の条項」。しゅう‐せん〔シウ‐〕【修×撰】⇒文書を整え作ること。特に、史書を編集・撰述すること。編纂(へんさん)。「国史を修撰する」

 

せん‐とう【仙▽洞】⇒上皇の御所。転じて、上皇。仙洞御所。仙院。⇒伊弉諾尊

 

ひ‐し【秘史】⇒世間に知られていない歴史。隠された歴史上の事実。また、それを記した書物。「大戦秘史」。ひ‐し【悲史】⇒悲しい歴史。悲しい史実の記録。哀史。

 

<補足 1

【尊・尊・尊・尊・尊=しゅう⇒漢字構成⇒華甲⇒酋寸⇒酋=しゅう】。【尊=そん】※ 他の漢字も同様に採用されています。

 

【伎=き・ぎ】⇒天⇒転⇒てん【転】⇒1 音韻または語の意味が変化すること。また、変化したもの。「『紺屋(こうや)』は『こんや』の転」2 漢詩で、「転句」の略。「起承転結」

 

※ 学者、研究者は偏旁、音符、殷音を持ち出します。⇒偏旁⇒現在の偏旁冠脚は、基本的に『康煕字典』(1716年完成)を使っている。⇒通用しません。

偏旁 - Wikipedia

 

<解読法>

1 右文説+(華甲・解字・字根)+転。

2 文節の句点、カナを削除。⇒熟語(駢字)構成を妨げる、文節の切り取りは禁止。⇒前文節の終止点。~文節の終止点までが文節になります。

 

3 碑文等を学者、研究者が切り刻んだ文節は解読できません。原文漢字字数を確認してからの解読になります。又誤写の場合は解読不可。

 

4 PC⇒Excel表。作成⇒シート⇒書式⇒列幅⇒4.0⇒BZまで変更。行はそのまま。

 

5 解読したい文節を一時貼り付けを行う。再度コピーして34行下に貼り付ける。列の一桝づ切り取り、貼り付けを繰り返し文節を並べる。

  • 列の上部桝に漢表音、呉音を記入する。⇒ウイクショナリー日本語版が良い。漢音。呉音・慣用音を検索できます。

道 - ウィクショナリー日本語版 (wiktionary.org)

7 華甲表音の検索方法。⇒字源 Jigen net。漢字構成を閲覧。⇒コピーして検索に貼り付け表音を確認します。面倒ですがウイクショナリー日本語版に貼り付け漢音、呉音を確認すると解読がやりやすい。

 

酋の漢字情報 - 漢字構成、成り立ち、読み方、書体など|漢字辞典 (jigen.net)

  • 音読み、訓読みも難解でわからない漢字の表音。⇒事例⇒𨳯】門8+4=総画数12 U+28CEF [ヘイ、ハイ/し・める、と・ざす、と・じる]。詳しく調べたい方。

 

K'sBookshelf 辞典・用語 漢字林 門部

說文解字 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

 

<熟語・駢字>

ぼくとうとは - Weblio辞書

「竜集」で一致する言葉1ページ目 - goo国語辞書

天鏡とは - コトバンク (kotobank.jp)

 

<倒語>

伎那和阿云此蕩沫尊諾弉伊生尊蕩沫尊蕩沫生尊萬天尊天生尊鏡天尊鏡天 生尊立常國曰書一

(き=ぎ)ゆうこうていしひとうびしゅうこう じょういせいしゅうとうせんしゅうとう ぼくせいしゅうそうてんしゅうぎょうてん せいしゅうけいてんしゅうけいてん せいしゅうりゅうじょうこうえつじついち

 

伎那⇒癸酉の年 西暦253年

 

杞憂 読み方:きゆう。無用な心配をするという意味のこと。ゆう‐こう〔イウカウ〕【友好】友人としての親しい交わり。「友好を深める」「友好関係」「友好国」

こう‐てい〔クワウ‐〕【皇帝】1 おもに中国で、天子または国王の尊称。秦の始皇帝が初めて称した。之

 

し‐ひ【詩碑】詩を刻み込んだ石碑。とう‐び〔タウ‐〕【×掉尾】《尾を振る意。慣用読みで「とうび」とも》物事が、最後になって勢いの盛んになること。また、最後。「掉尾を飾る」

【美秀】美しく秀でていること。⇒卑弥呼は華甲しても記述がありません。

日本書紀 巻第一 神代上 (seisaku.bz)

 

一書曰、伊弉諾尊、勅任三子曰「天照大神者、可以御高天之原也。月夜見尊者、⇒時天照大神、怒甚之曰「汝是惡神。不須相見。」乃與月夜見尊

 

乃與月夜見尊⇒借字⇒臺與月夜見尊 ※ 與⇒古代中国では聖徳太子の聖、聖武天皇の聖の漢字は史書国史では先人が決めた不文律で使用禁止。聖武天皇は大唐から改名をせまられていました、許可できない。⇒新唐書、記述。

 

しゅう‐こう〔シウカウ〕【修好/修交】[名](スル)親しく交わること。特に、国家と国家とが親しく交流すること。「―条約」

 

倒語文節は解読してみてください。

 

1 借字表音(仮名表音)で意義が重複しているので、このような文法になっています、当方の憶測ですが、紙が発明される以前から木簡・竹簡で記述するための短文節の唯一の方法を文法にしたものと思われます。

 

2 五経・易学・公比積算・漢音・呉音(百済音)・以音・解字⇔字根⇔か‐こう〔クワカフ〕【華甲】=《「華」の字を分解すると六つの「十」と「一」とになり、「甲」は甲子(きのえね)で十干と十二支のそれぞれの最初を指すところから》数え年61歳の称。華年(かねん)。還暦。

 

※ 現代辞書には上記の説明がされていますが、多くの漢字にこの手法を取り入れています。

 

3 天災、葬儀礼・歌之曰⇒倒語文節。

 

日本書紀巻第三⇒神日本磐余彥天皇 神武天皇

辛酉年春正月庚辰朔、天皇卽帝位於橿原宮、是歲爲天皇元年。尊正妃爲皇后、生皇子神八井命・神渟名川耳尊。故古語稱之曰「於畝傍之橿原也、太立宮柱於底磐之根、峻峙搏風於高天之原、而始馭天下之天皇、號曰神日本磐余彥火々出見天皇焉。」初、天皇草創天基之日也、大伴氏之遠祖道臣命、帥大來目部、奉承密策、能以諷歌倒語、掃蕩妖氣。倒語之用、始起乎茲。

 

 

<国家存亡の危機と危惧している時代背景の正史編纂。>

白村江の戦いに敗れ、大唐が筑紫、近江に数千人進駐している他にに親中派の皇族や官位の高い貴人いて、解読できないように編さんされています。

 

同時代に発布された養老令は適正な解読もなされ明治時代までこの令を基本にになっていました。

 

※ 日本書紀巻第一~日本書紀巻第卅まで連々と歴代天皇が即位した宴会で重縁、娶(再婚)老後の扶養・養女・養子の宴が記述されています。

 

日本書紀 巻第一 神代上 (seisaku.bz)

戦が終わり戦勝しても功労者の遺族の福祉です。

後和之曰「姸哉、可愛少男歟。」然後、同宮共住而生兒、號大日本豐秋津洲。次淡路洲、次伊豫二名洲、次筑紫洲、次億岐三子洲、次佐度洲、次越洲、次吉備子洲。由此謂之大八洲國矣。瑞、此云彌圖。姸哉、此云阿那而惠夜。可愛、此云哀。太占、此云布刀磨爾。

 

1 生兒=生後間もない乳飲み子=兒とは、幼い子/稚児/童/ちのみごなどの意味をもつ漢字。

 

2 洲⇒借字表音(仮名表音)⇒洲⇒しゅう=衆子 ※ 現代辞書にはありませんが、下記に記述されています。⇒正妃ではない側室の子供。

 

喪葬令 全17条_現代語訳「養老律令」|官制大観_律令官制下の官職に関するリファレンス (dti.ne.jp)

 

神⇒申=神:稲妻から神性を象徴する。⇒最上位の功労者で死亡した貴人に付ける名称。

 

尊・命⇒中庸⇒〈右第十三章。〉⇒故君子居易以俟命,小人行險以徼辛。〈右第十七章。〉⇒武王纘大王、王季、文王之緖。壹戎衣而有天下,身不失天下之顯名。尊爲天子,富有四海之內。宗廟饗之,子孫保之。

 

要約⇒君子は 死者の霊を数えるのに用いる。「百位の英霊⇒隋時代からの熟語」を神に幣帛(へいはく)を奉ること。⇒みこと‐のり【詔/▽勅】=尊・命

 

英霊の語は古くは『隋書』など中国の古典にみられ、英華霊秀の気をもって生まれた、つまり優れた人を意味した。

※ ただし、じゃっ‐かん〔ジヤククワン〕【弱冠】= 《「礼記」曲礼上の「二十を弱と曰ひて冠す」から》男子20歳のこと。

 

※ 20歳になる前に死亡した皇族、貴人の男子=尊・命、女子=命。

※ 【百位の英霊】⇒百位=百の位(くらい)⇒数字の大数=102⇒実際に死亡した年齢に20歳プラスします、現在の法名、戒名の位牌に年齢を足すことになります。

 

※ 古代中国の死生観に由来します、死後の天子は位を授けることができるのです。

 

聖徳太子を検証するために年表を作成し、整合性が取れるか作業を進めての一貫で、大いなる疑問の手がかりがつかめました。>

 

陳寿魏志倭人伝以後の神武天皇までの倭國の経緯です。

 

1 西暦239年、卑弥呼崩御イザナギスサノオに戦で負け、一度は政権を奪われますが、臺(與⇒確証はありませんが、古代中国では天子の號の漢字を流用は厳格な禁止。)

 

臺・與⇒借字⇒事例⇒1 日本書紀=裴世清⇒隋書=與清 2 新唐書/220=聖徳王=與王、爭禮不平。

下記も解読検証しました、聖徳太子の投稿で要約を説明します。

 

 

舊唐書/卷199上 - Wikisource

西暦631年貞觀五年

貞觀五年,遣使獻方物。太宗矜其道遠,敕所司無令貢,又遣新州刺史高表仁持節往撫之。表仁無綏遠之才,與王子爭禮,不宣朝命而還。至二十二年,又附新羅奉表,以通起居。

 

※ 日本書紀では隋書にぼろくそに記述されているので遣唐使。太宗の近・遠縁、(聖⇒漢字使用⇒不文律)⇒氷人、綏遠=オルドス地方。馬具、名馬の産地。

 

※ 血族⇒文節の解読検証のため検索した結果。似たような姓名が検索されましたが不明。

蘇威 - Wikipedia

綏遠青銅器とは - コトバンク (kotobank.jp)

 

新唐書/卷220 - Wikisource

太宗貞觀五年,遣使者入朝。帝矜其遠,詔有司毋拘貢。遣新州刺史高仁表往諭,與王爭禮不平,不肯宣天子命而還。久之,更附新羅使者上書

 

上記と同様で解読の結果。⇒聖徳太子の近。遠縁。明確に記述していません。⇒日本書紀。⇒太宗=李世民

日本書紀。⇒日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀⇒太宗=李世民

 

今、古人大兄在而殿下陟天皇位、便違人弟恭遜之心。且立舅以答民望、不亦可乎。

且立舅以答民望、⇒且立=しょりゅう=しょ‐りゅう〔‐リウ〕【庶流】= 庶子の系統。庶族。庶系。⇒庶出の子。妾の産んだ子。

答=とう=唐。民⇒李世民。望⇒華甲⇒亡月王=おう=太宗=李世民

 

日本書紀巻第廿二

豐御食炊屋天皇 推古天皇

廿八年秋八月、掖玖人二口、流來於伊豆嶋。冬十月、以砂礫、葺檜隈陵上。則域外積土成山。仍毎氏科之、建大柱於土山上。時、倭漢坂上直樹柱勝之太高、故時人號之曰大柱直也。

 

日本書紀の毎氏⇔毋拘⇒同一かどうかは不明。

 

仍毎氏科之⇒毎氏によると、倭の先祖は葦原中国である、驚いた推古天皇はありとあらゆる史書、伝記、古来より住んでいる古老の言い伝えを調べよ。

 

※ これを踏まえて古事記日本書紀の記述は記述されています。

※ 伊尹の出自は那國、⇒那國=本流血族、否定するイザナギ、我こそ本流の血族の独立派。古事記の文節⇒別天神五柱~神世七代⇔別血族。

1 高御巢日神⇒天孫族⇒蜀⇒孫権⇒血族。

2 魏國⇒公孫⇒血族⇒卑弥呼、臺與。

3 伊尹(那國)の本家、分家の属國派、独立派の争いは強大な葦原中国に恫喝。⇒蜀(孫権)⇒魏(公孫)⇒晋(せんしん=海神)・西晋(せいしん⇒成神、、、、)

※ 嫡子、孫は許可されません、

4 (葦原=威厳・中国)の傀儡属國政権⇒大臣=宰相は連々中国になります。

5 楚=聿=津。大伴金村=だいはんこんそん=公孫。魏⇒禅譲、滅亡。北周⇒物(弗)部氏。⇒隋⇒蘇。唐⇒藤原氏

文法に従って検索するとこのような結果になります。

說文解字 : 卷四 : 聿部 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)

 

1930 打開字典顯示相似段落 聿部: 聿:所以書也。楚謂之聿,謂之不律,燕謂之弗。从𦘒一聲。凡聿之屬皆从聿。

 

※ 上記の節文解字を元に威厳中国から派遣された歴代宰相の姓名を仮名にして記述しています。

 

今回の投稿はこのへんで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【聖徳太子研究の最前線 梅原猛の珍説(2):救世観音の頭に打ち込まれた呪いの釘】 解読できない学者の批判論。

聖徳太子1400年遠忌 虚構? 実在? 論争巻き起こすミステリアスな人物像に迫る」

聖徳太子研究の最前線 (goo.ne.jp)

学問的にはと論じながら一文節すら解読できない研究者、学者が権威を振りかざし論じていることの方が滑稽である。

非実在論の発表以降、多くの批判もありましたが、学問的に納得できる反論はありません。改めて、聖徳太子は架空の人物であると断言します」

無知な学者の論法。

憶測、推測はいい加減にしてみては、漢字、一字一句解読してからの論法をとなえてみては?

聖徳太子⇒しょうとくたいし・上宮之厩戸豊聡耳命(かみつみやのうまやとのとよとみみのみこと)⇒表音読み自由ですが解読できません。

 

上記表音を採用して、記述している出版書はすべてでたらめ解読本になります。

 

英語をローマ字読み、カタカナ読みで眺めていると意味が浮かんでくるのかな?これが学問的な検知というやつかな。

 

下記の解読文法は2300年間、連々と記述されたアルゴリズム文法で構成されています。

 

隋書/81

開皇二十年、俀王姓阿毎、字多利思北孤、號阿輩雞彌、遣使詣闕。

北史/094

及陳平,至開皇二十年,俀王姓阿每,字多利思比孤,號阿輩雞彌,遣使詣闕。

<解説>

歴代の古代中国で記述された倭の史記は殷の時代から属國なので虫けらと同等と考え

ています、隋書、北史もぼろくそです。

 

<解読>

※ 倭⇒委とも書く。中国,朝鮮で日本のことを呼んだ古称。

※ 及=きゅう=および。ならびに。ふたつ以上のものを並列させる。⇒※ 注⇒文節で漢字に割り当てられている公比積算の注意書き。 

※ 陳=ちん=申し述べる。

※ 平=慣用音 :ヒョウ( ヒャゥ)⇒借字表音(仮名表音)⇒評=文体のひとつ。批評を加えて書かれた文章。

※ 久陳=きゅうちん⇒倭国を馬鹿にしているので借字表音(仮名表音)の倒語。⇒陳 宮(ちん きゅう)⇒勇敢で信念を曲げない人柄であり、地元の顔役として若いころから天下の英雄や高名な学者たちと交友を結んで自分を高めた。

※ 反対を意味しています。

平至=ひょうし=借字表音(仮名表音)⇒ひょう‐し〔ヘウ‐〕【標×幟】=行動の指標となるもの。はたじるし。

 

開皇二十年=西暦600

俀王=たいおう=弱い王。

 

姓阿⇒借字表音(仮名表音)⇒1 姓=せい=漢音 : セイ(セィ)⇒井=井戸。2 阿=あ=蛙。⇒井戸の中にいるカエル。見識の狭いこと。

 

毎字=まいし⇒借字表音(仮名表音)⇒昧死=死をかえりみず、あえて申しあげること。中国で古来、上奏文に用いられる語。

 

多利思=借字表音(仮名表音)⇒多=た=多いこと。また、多いもの。利=り=吏=役人。官吏。公吏。史=し=1 出来事の記録。また、その出来事。「史学・史劇・史実・史跡/外史・先史・戦史・前史・通史・稗史(はいし)・秘史・有史・歴史」。2 出来事を記録する者。「史生(しじょう)/侍史・女史・太史」

 

※ 隋書/81

北孤=借字表音(仮名表音)⇒北=ほく=伏=伏⇒音読み フク ブク ホク フウ ブ。したがう。ひれふす。服従する。

  • 注釈⇒伏⇒人偏に犬⇒明らかに見下しています。※ 現在の大国(中国)、俀國・日本だと自覚することで、この解読をご理解ください。

北史/094

比孤=借字表音(仮名表音)⇒比孤=ひこ=ヒコ(彦、比古、日子、毘古)は、男子人名の語尾に付けられる名称の一つ。

 

<解読>

 

=借字表音(仮名表音)⇒號=ごう=1 名づける。称する。2  大きな声。おおごえ。「大声を発する」

 

=借字表音(仮名表音)⇒阿=あ=蛙=あ。

 

輩雞=借字表音(仮名表音)⇒輩雞=はいけい=はい‐けい【廃鶏】=採卵期間を終えた雌鳥の肉。(うまみがあるが堅いため、多くミンチなどに加工される。)

 

(雞)=借字表音(仮名表音)⇒※ 故事成語⇒けいめい‐くとう〔‐クタウ〕【鶏鳴×狗盗】⇔雞鳴狗盗。=どのようにつまらない事であっても、何がしかの役に立つこともある という喩え。

 

(雞)彌=借字表音(仮名表音)⇒(雞)彌=けいび=[名](スル)変事に備えて警戒し、防備すること。

 

遣使詣闕。=借字表音(仮名表音)⇒遣使=けんし=遣隋使。

 

詣闕=借字表音(仮名表音)⇒詣=し=詣でる。闕=けつ=宮城の門。また、宮城。宮殿。宮城。天子のいる所。

 

※ 1公比積算⇒和=1002 公比積算⇒400⇒この400は古代中国では全州を意味しています。その他は九州。

  • 殷の時代から連々と倭國は400名の吏、史が朝貢しているのです。倭國全州からの敬意を示しているのです。

<注釈>

こじつけと受け取られるので要約はしません。公比積算ができなくても、借字表音(仮名表音)⇒で概要はつかめます、詳細は解読できません。

 

<備考 1 >

歴史史書のすべての解釈論に、当方の意見を述べるとしたら、誤解釈の歴史研究家、学者、歴史愛好家が正しい解釈もできないのに批判、論争していることがおかしい。

 

※ 公比積算は漢音を基軸にした探索アルゴリズム(探索法)で、限られた人へ伝達するためのパスワードのような文法です。

※ 隋書/81⇒ 官有十二等⇔始行冠位。日本書記⇒推古天皇⇒大德・小德・大仁・小仁・大禮・小禮・大信・小信・大義・小義・大智・小智、幷十二階。(同等=同じ。)

※ ただし、日本の歴史書。養老4年(720年)に完成したと伝わる。⇒古事記古事記上卷 幷序⇒最下段⇒隨本不改。※ 隨本不改⇒借字表音(仮名表音)⇒不快、改=改める。

※ 隋書/81官有十二等の文節は古代中国で連々と使われてきた文法で公比積算⇒100。日本書記は中国の文法を改良した文法を採用しています。日本も公比積算は100

 

<解読補足>

西暦600年⇒隋の天子に上奏したが、日本書記⇒修正。

隋書/81官有十二等の文節⇒員無定數。⇒馬鹿学者の通説は誤訳。

※ 員無定數。⇒借字表音(仮名表音)員無=いんぶ=允武=武官。定數=ていすう=定数。

「允文允武」(いんぶんいんぶ)の意味 (jitenon.jp)

允武とは - コトバンク (kotobank.jp)

※ 皇族血族⇒。大德・小德・大仁・小仁・大禮・小禮・大信・小信。 ※ 血縁によらない関係⇒大義・小義・大智・小智。

<備考 2  >

  • 古代中国の史書五経(易学等)『九章算術』(きゅうしょうさんじゅつ)を基軸にした漢音の借字表音(仮名表音)で成り立っています。

※ 日本の史書五経(易学等)『九章算術』(きゅうしょうさんじゅつ)を基軸に漢音。呉音(百済音)・訓音・以音(慣用音・字根表音)で成り立っています。

 

※ 事例⇒(倭国・日本)⇒天(公比数=1)具(公比数=0)⇒進駐していた唐人が漢音で読むと、⇒てんく。唐の属國人が読むと。⇒てんぐ。

※ 当時の倭國、日本の朝廷の限られた人が解読すると。⇒天狗、天具⇒公比積算から文節の文脈をとらえ、天具=あまぐ=雨具となるのです。

※ 最大の誤算は西暦800年頃にはだれも解読できない状態になりました。その後、あらゆる人が解読するために、ヲコト点、天堂点、多くの解読法を考えましたが到達できませんでした。

 

<通常節文 説明、要約のみ>

一字一句の説明解読を記述すると膨大な文章になるので要約のみとします。この文節は通常文節と倒語文節で成り立っています。

 

※ 前項は弱い國、蛙、這いつくばっているだの、犬だの、役に立たたない鶏だのと虫けら同様の記述ですが、誠実に記述しています。

 

王妻號雞彌後宮有女六七百人名太子為利歌彌多弗利無城郭。⇔郭城無利弗多彌歌利為子 太名人百七六女有宮後彌雞號妻王。

 

借字表音(仮名表音)変換漢字を羅列します。

王制・王政・(號雞=公卿)・警備・後宮有女六七百人⇒(6+7+215人。)※ 大数単位⇒大きさ⇒十⇒1、百=2、千=3、萬=4、百万=6

 

1 名太子。子為=四夷=古代中国で、自国を中華というのに対し、四方の異民族をさしていう語。利歌=籬下=垣根のそば。低い位置にあることのたとえ。⇒位が低い。

 

2 名太=借字表音(仮名表音)=めいたい=明体=名〙 漢詩の一体。詠物詩などで、主題となる物の文字を、そのまま詩中に用いるもの。⇔暗体

 

※ 為利=借字表音(仮名表音)⇒為=い=遺=おきざりにする。死後に残す。残る。利=役に立つ。遺利=人が取り残している利益。こぼれた利益。

 

歌彌=借字表音(仮名表音)⇒歌=漢詩の一体。もとは歌謡形式の楽府(がふ)で、のちには「長恨歌」のように、古詩でも作られた。 ※ 加被=神仏が力を貸して守ってくれること。加護。

 

歌彌多弗利無城=かびたぶつりぶじょう⇒かびたぶつりぶじょう⇒かびたぶつりぶじょう⇒と歌え、⇒唱えなさい。

 

無城=借字表音(仮名表音)=無城=ぶじょう=奉請。

奉請とは - コトバンク (kotobank.jp)

 

多=おおくの。弗=仏。利=履⇒w:周易上経三十卦の一覧#履も参照。

郭=借字表音(仮名表音)=かく=各=[接頭]主に漢語名詞に付いて、多くのものの一つ一つ、一つ一つのどれもがみな、の意を表す。

 

重要事項>

※ 公比積算⇒一段目⇒積算数⇒百七六(176)になりました、借字表音(仮名表音)が正しいことを表しています。

※  二段目の公比積算に驚きました、十七(17)が表れました。

※ 隋⇒中書省(内史令・内史侍郎・謁者台大夫)詔勅の記録・伝達。優れた人材を登用していると感じました。

 

<解読>

※ 注釈⇒十七=各条=それぞれの箇条。

郭城無利=借字表音(仮名表音)⇒郭城=かくじょう=各条=それぞれの箇条。城無=じょうぶ=じょう‐ぶ〔ヂヤウ‐〕【丈夫】=確かなさま。確実。利=履。周易上経三十卦。一歩一歩踏みしめる。着実に行う。「履行・履修・履践・履歴」

 

弗多彌歌利=借字表音(仮名表音)⇒弗多=ぶった=ぶっだ【仏陀】⇒ふつ【×弗】・だ【×陀】⇒[音]ダ(呉) タ(漢)。彌歌=びか=び‐か〔‐クワ〕【美果】⇒よい結果。

 

為子 =いし=借字表音(仮名表音)⇒い‐し〔ヰ‐〕【遺旨】=先人が残した考え。い‐し【異志】。

 

太名人=借字表音(仮名表音)⇒太名=たいめい=大命=君主や天皇の命令。人=じん=じん【尽〔盡〕】=1 全部出しつくす。すべて費やす。「尽忠・尽力/大尽・蕩尽(とうじん)

 

<二つの解読意味があります>

 

1 百七六女有=借字表音(仮名表音)⇒百七六女=はくしつりくじょ=百(二)・七=しつ・六=りく。女=じょ。⇒女。有=ゆう=ゆう〔イウ〕【優】=1 美しく上品なさま。 ものやわらか。しとやか。やさしい。

 

2 公比積算の注釈で、=借字表音(仮名表音)⇒文頭⇒1 郭城無利弗多彌歌利為=(歌=か=加算。)(子⇒し=止⇒止める。)。 2 太名人百七六女有⇒※記述数漢字は除外。

 

※ 1 文頭文節(公比加算積数)マイナス(-) 2 文頭文節(公比加算積数)=17 ※ 有⇒1 がある。存在する。2  持っている。3 さらに加えて。

※ 閲覧者様⇒読まれた方はどなたも信じられないでしょう。信じられない方は、解読できないで憶測で論文を唱えている偉い学者の解釈を信じてください。

 

※ 文頭文節(公比加算積数)⇒百五十九⇒15917176=⇒積算数⇒百七六(176)になりました、借字表音(仮名表音)が正しいことを表しています。

<感激>

※ 二つの解読意味があります。

1 有宮後彌雞號妻王=借字表音(仮名表音)⇒五経基軸文法¥公比積算が正しいかの記述。

有宮後彌雞號妻王=借字表音(仮名表音)⇒有宮=ゆうぐう=ゆう‐ぐう〔イウ‐〕【優遇】=名](スル)手厚くもてなすこと。優先的に扱うこと。「経験者を優遇する」「優遇措置」

 後彌雞號妻王=借字表音(仮名表音)⇒後彌=ごび=【語尾】=語の終わりの部分。雞=けい=計。號妻=こうせい=こう‐せい【公正】=[名・形動]公平で偏っていな

いこと。また、そのさま。王=おう=おう【応〔應〕】=外からの求めや働きかけを受けて動く。ふさわしい。つりあう。

 

2 宮後彌雞=借字表音(仮名表音)⇒宮後=ぐうご=ぐう‐ご【偶語】=名](スル)向かい合って話すこと。彌雞=びけい=美形=美しい容貌。美貌。また、美人。男性にもいう。

 

號妻王=借字表音(仮名表音)⇒號妻=こうせい=こう‐せい【公正】=[名・形動]公平で偏っていないこと。また、そのさま。妻王=せいおう=せい‐おう〔‐ワウ〕【聖王】=徳のすぐれた君主。(漢表音=せいおう⇒判別は尽きません。聖主。)

 

<まとめ>

隋書/81⇒正しい解読法だとこのようになります、聖王になりますが、後世の付けられた聖徳太子⇒⇒聖徳太子46歳⇒(聖=公比数=46)=(46歳=開皇二十年=西暦600年)

 

※ 日本書記⇒橘豐日天皇 用明天皇⇒元年春正月壬子朔、~是生四男、其一曰廐戸皇子(更名豐耳聰聖德。)

※ 日本書記⇒泊瀬部天皇 崇峻天皇⇒秋七月、~廐戸皇子、是時、廐戸皇子、束髮於額(古俗、年少兒年十五六間束髮於額。十七八間分爲角子、今亦爲之)

※ 日本書記⇒豐御食炊屋天皇 推古天皇⇒元年春正月壬寅朔丙辰、~立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子(りゅうきゅうこほうそうじこうしいこうたいし)※(うまやどのとよとみみのみこ )⇒⇒⇒解読不可能。

※ 立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子⇒皇子(こうし)は、皇帝または天皇の男子。⇒立⇒(ある地位に就かせる。立太子)⇒皇太子(こうたいし)は、皇位、帝位、王位の第一継承者を指す語であり、称号。

 

※ 立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子⇒皇子(こうし)は、皇帝または天皇の男子。⇒立⇒(ある地位に就かせる。立太子)⇒皇太子(こうたいし)は、皇位、帝位、王位の第一継承者を指す語であり、称号。

  • 日本書記⇒豐御食炊屋天皇 推古天皇⇒元年春正月壬寅朔丙辰、~故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。

※ この時点で故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。⇒※こ- 【故】⇒接頭語⇒〔官職名や姓名などに付いて〕(今は)亡き。▽その人がすでに亡くなっていることを表す。注釈⇒崩御

 

※ 十一年春二月癸酉朔丙子、~十一月己亥朔、當麻皇子、⇒皇太子、⇒⇒⇒※ 別人の皇太子。名称の記述。

※ 十二年春正月戊戌朔、始賜冠位於諸臣、各有差。夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。※1 親肇=しん‐ちょう〔‐テウ〕【新調】。= 新しく作りととのえること。また、そのもの。 2  肇作=ちょうさ=ちょう‐さ〔テウ‐〕【調査】

 

※ 1 元年春正月壬寅朔丙辰、~故稱其名謂上宮廐戸豐聰耳太子。⇒(故)死亡。

※ 2 廿九年春二月己丑朔癸巳、半夜、厩戸豐聰耳皇子命薨于斑鳩宮。⇒薨。

 

※ 当方の憶測、勝手な解釈はしていません。借字表音(仮名表音)を漢音を基軸に当てはまる表音を辞書検索して記述しています。

 

※ 文節はおおくの重なり合った重文で構成されていますので注意が必要です。

 

史書・甲骨文字・碑文・銘文・万葉集等⇒解釈、解読の手順>

1 インターネットで興味を抱いた漢文をコピー&(エクセル=Excel)表ペースト。

 

2 (エクセル=Excel)⇒ 1 行⇒既存。 2 列⇒書式⇒幅⇒4.0⇒調節。

 

3 ペーストした漢字文節を再度⇒コピー⇒貼り付け。⇒一字一句を□に切り取り、並列に並べる。

 

4 上&下に漢音を基軸にかなを振る、万葉集古事記・日本書記⇒漢音、(呉音=百済=以音⇔字根音、注釈で訓音が記述しています。

 

5 訓音は例外で文節で公比積算が100200が通常ですが2層の別々の積算数合計ですが、文節に漢字数百七六=積算数=176で正解で、正しい表音を意味します。

 

6 上&下の□に付けたすりがなを基本は□□の3~6の熟語になります、⇒コピー

ペーストの作業に入ります。

 

7 インターネットを開いて 、最低⇒3画面をツールバーに用意します。下記のページにコピーペストして検索します。

 

無 - ウィクショナリー日本語版 (wiktionary.org)

「号」の部首・画数・読み方・意味 - goo漢字辞典

歌(ウタ)はどんな曲?Weblio辞書

𨈭の漢字情報 - 漢字構成、異体字など|漢字辞典 (jigen.net)

※ 意味が多い漢字辞典

漢字辞典オンライン (jitenon.jp)

 

事例⇒あ□か□、あか□あか□し□。あ⇒意味。か⇒意味。あか⇒意味⇒1 あか【×閼×伽】。 2 あ‐か〔‐クワ〕【亜科】 ※ 熟語が一文字に減ることはありません、又、増えることもありません。

 

あか□あか□し□⇒1 ネット検索⇒あかあか⇒検索に貼り付け⇒クリック⇒あか‐あか【赤赤】、あか‐あか【明明】。あか□し□⇒検索⇒あかし【明石】

 

【同音異字の場合、ほとんどの場合は字義が異なるので同音異義(どうおんいぎ)となる。】⇔文脈の判断がつくまでは同列の下段にコピーペストして仮置きしてください。

 

古事記、日本書記⇒記述漢字⇒能⇒現在の日本人は(呉音=百済音)で表音します、通常表音は能=どう。

※ 能言⇒どうげん=能楽⇒類義語>同義語≒同意語、ぶっだ【仏陀】⇒漢音⇒ぶつだ⇒ぶっ⇒漢音に沿った促音・撥音は熟語が成立しますが、それ以外は勝手な造語になります。

大日本國之救將廬原君臣、率健兒萬餘⇒健兒=けん‐じ【健児】⇒血気盛んな男子。勇ましい若者。⇒10000

 

戊戌、賊將至於州柔、繞其王城。大唐軍將率戰船一百七十艘、⇒大唐⇒大国⇔軍隊の兵数単位⇒三軍⇒1軍=12500率⇒37500率。VS更率日本亂伍中軍之卒⇒5軍=62500率。

 

船の航行技術で敗北。

 

ウィキペディアWikipedia)』を含め白村江の戦の解釈は研究者、馬鹿学者の無知です、すべてでたらめ。

史記の数量⇒軍=1万・旅=2千⇒(旅=たび、と解釈しません。)属=2百・連=百。ただし、時代で変化します。日本の場合は1 連=百※ 連⇒官位⇒漢表音=れん。⇒訓音=むらじ⇒解読不可。

 

法隆寺 火災⇒無知な学者の無学問的な推測>

日本書記⇒天智天皇⇒⇒九年春正月乙亥朔辛巳~

日本書紀 巻第二十七 天智天皇紀 (seisaku.bz)

 

夏四月癸卯朔壬申夜半之後、災法隆寺、一屋無餘。大雨雷震。五月、童謠曰

1 災⇒借字表音(仮名表音)⇒災=さい=さい【災】=[音]サイ(呉)(漢) [訓]わざわい、[学習漢字]5年。

 

自然に起こる悪い出来事。生活を損なう出来事。わざわい。「災害・災難・災厄/火災・震災・人災・戦災・息災・天災・被災・防災」

 

童謠曰

于知波志能 都梅能阿素弭爾 伊提麻栖古 多麻提能伊鞞能 野鞞古能度珥

伊提麻志能 倶伊播阿羅珥茹 伊提麻西古 多麻提能鞞能 野鞞古能度珥

馬鹿学者が解読できない。

 

祠堂仏堂は揺れ、飛動し、道は震光が走り、(素弭=味噌⇒ひっくり返る⇒倒語⇒⇒伝云

 

地震

地震光 - Wikipedia

 

一屋無餘⇒⇒住職(僧)は死んだが、一屋⇒⇒いちおく⇒⇒無餘⇒⇒損傷無し。

 

※ 日本書記の記述には火災など書かれていない。⇒⇒学者のでたらめ解釈。

<無知学者>

聖徳太子研究の最前線 (goo.ne.jp)

そして厩戸皇子が「聖徳」と呼ばれている様々な用例をあげ、「聖徳王御世」という句は「聖徳太子の治世に」という意味で用いられていると見てよいとします。

そのうえで、聖徳太子を架空の存在とする大山誠一説は盤石ではないとし、治世というのは、推古天皇時に「天皇の大権の一部を担っていたことと関係があるのではないか」と述べます。

 

「聖徳王御世」⇒借字表音(仮名表音)⇒御世=ごせい=ご‐せ【後世】 こう‐せい【後世】

 

後世とは何? Weblio辞書

ぎょ【御】⇒⇒漢表音=ご=1 天子・帝王に関係ある事物を表す名詞に付いて、尊敬の意を表す。

御世⇔治世⇒⇒大山誠一説を批判しておいて、ご自分もでたらめ珍説はあきれる。

 

額田王の解読ブログは遠のくばかりですが、聖徳太子を題材に解読します。

 

 

 

 

 

 

隋書/卷81 倭王姓阿每,字多利思比孤 【こじつけ・でたらめ表音の解読呪縛から解放してみては?】※倭(わ)⇔俀(漢音=たい)・ 聖徳太子 序文。

現在の中華人民去倭国は日本をどのように思っているか?大国、小国?先端技術立国か?少なくとも夏・殷の時代から朝貢していた記述が随書に書かれています。

倭(わ)⇔俀(漢音=たい)・夏、殷之代,時或來王。

紀元前1500年~西暦800年頃までは中国、日本の史記に存在します、2300年間余り属國として租税を納め朝貢していたということです。対等の立場ではないのです。

古代中国の歴代王朝は非文明国の小国(倭國)・小国(俀=たい=弱い國)⇒隋書では鮮卑、奴婢同様の國ということです。

 

<お勉強>

問題 1 白寿⇒漢音=はくじゅ、(呉音=百済音=びゃくじゅ)、訓音⇒しろことぶき⇔馬鹿学者は史記を訓音で解読⇒無理でしょう。

※ 白寿⇒99歳⇒百の字から一を引くと「白」になる。⇒何も前提が無いのに、突然、一を引くと言われても、納得できますか。

  • 解読⇒百⇒大数⇒大きさ102という決まり、⇒十=101・千=103・萬=104。漢音=はく⇔白⇒プラス(十)すれば同表音で百となります。白は【伏羲八卦次序】で一という番号を持っています。

問題 2 卒の字の略字「卆」が九十と読めることに由来。卒寿(そつじゅ) 90歳⇒卒の字の略字「卆」が九十と読めることに由来。⇔字根の一種。

 

※ 古事記⇒注釈⇒以音⇒ 1 (呉音=百済音) 2 字根の一種⇒弖⇒きゅう⇒や。⇒(哉=「か」「や」と読み、「~か」「~であろうか」などの疑問・反語の意をあらわす。・也=「なり」と読み、「~である」の意。)

 

※ 弖⇒馬鹿学者の学問的表音⇒て。 ※ 弖一を引くと「九⇒八」になる。⇒や=訓音

⇒日本書記は解読できないように注釈はありません。公比積算に使います。

※ 追記⇒武宿禰爲太子答歌之曰、⇒節文⇒【于輸珥多氐々】⇒氐⇒甲=1・乙=2・丙=3・丁=4。※ 氐(てい)⇒借字表音(仮名表音)⇒丁(てい)⇒の字から一を引くと⇒三(3)

 

※ 弖・氐⇔倭国、日本国の独自の漢字⇒基本文法は中国と同等なので解読させないための漢字。氐々(踊り字=日本語の表記で使用される約物(特殊記号)⇒3+3=6

 

※ 公比積算⇒武宿禰爲太子答歌之曰、⇒長文節なので⇒公比積算=200⇒これにより、借字表音(仮名表音)で記述されていた漢文を適正漢字に導き、熟語、故事成語⇒解読⇒漢字数も同数。

※ 1300年の時が経過した文法の残骸。

  • 百の字から百の字から一を引くと「白」になる。⇒故事成語99歳。馬鹿学者の学問的な論法⇒一大率(いちだいそつ、いちたいすい)は、『魏志倭人伝に記された倭国の官名。

 

魏志倭人伝は、当ブログで文節に番号を付けました⇒NO 18まで投稿⇒下記の文節はNO26になります、投稿前の原稿です。>

 

自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史 王遣使詣京都帶方郡諸韓國及郡使倭國 皆臨津捜露 傳送文書賜遺之物詣女王 不得差錯

 

<解読>

自女王國以北 特置一大率檢察 諸國畏憚之=(注1自=宣旨、女王卑弥呼は那国の以北)(注2特置=特地=「とくに」「とりわけて」の意を表わす。)(注3一大率檢察=大人(率=兵)一人に付き、細かく調べること。)

諸國畏憚之=(注1諸國=しょこく)(注2畏憚=いたん=おそれはばかること。)(注3之=し=これ。この。人や物、事を指し示す。)

 

宣旨、女王卑弥呼は那国の以北に於ける帯方郡、諸韓国を含む大人(率=兵)一人に付き、六十歩の田を増加するので、皆、包み隠さず現状を測量記録官(史=ふひと)報告し、王にもうでること。

 

都がある伊都国が常に治めているので一族(遺)のこし伝えよ、皆、上申することで、露田の富みを得るのだから混乱しないように、女王卑弥呼賜れる田なので検察官が送文書をしたためるので、心して差し控えよ。

 

皆臨津捜露 傳送文書賜遺之物詣女王不得差錯=皆、上申することで、露田の富みを得るのだから混乱しないように、女王卑弥呼賜れる田なので検察官が送文書をしたためるので、心して差し控えよ。

 

<注釈>

一大率=通説誤訳、このような官職はありません。

一、大人(率=兵、軍事用語)・(前後の文脈で意味が違う場合もあります、率=3200兵数

倭國は帯方郡まで属國領土なのです、卑弥呼の時代は九州及び現在のソウルめでが倭國で、およそ五千里。

西暦239年移行白村江の戦いまで領土の拡大縮小を繰り返した時代となります。

 

漢文史記の解読できない学者がいつまで大陸から稲作、鉄文化が渡来したと言い続けるのでしょうか。

 

武器等の名称及び軍事用語 兵数単位

古代中国の戦争 | 三国志、春秋戦国、英雄豪傑、    兵器・兵法、経済・地理、      戦争に関することなら何でも御座れ (paulbeauchamp.org)

 

<解読前提>

※ 古事記古事記上卷 幷序⇒最下段⇒隨本不改。※ 隨本不改⇒借字表音(仮名表音)⇒不快、改=改める。

 

※ 日本書記⇒氣長足 神功皇后⇒中段⇒武宿禰爲太子答歌之曰、⇒【許能彌企塢 伽彌鶏武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟々 伽彌鶏梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作 沙】

 

 卅九年、是年也太己未。魏志云「明帝景初三年六月、倭女王、遣大夫難斗米等、詣郡、求詣天子朝獻。太守鄧夏、遣吏將送詣京都也。」

卌年。魏志云「正始元年、遣建忠校尉梯携等、奉詔書印綬、詣倭國也。」

 卌三年。魏志云「正始四年、倭王復遣使大夫伊聲者掖耶約等八人上獻。」

 

日本書紀 歌謡三三

宿禰爲太子答歌之曰、

【許能彌企塢 伽彌鶏武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟々 伽彌鶏梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作 沙】

 

極楽トンボの馬鹿学者の解釈>

読下 このみきを かみけむひとは そのつづみ うすにたてて うたひつつ かみけめかも このみきの あやにうただぬし ささ

解釈 此の御酒を 釀みけむ人は 其の鼓 臼に立てて 歌ひつつ 釀みけめかも 此の御酒の あやに 歌樂し

※ 倭國から日本に生まれ変わる国家の威信をかけた正史が日本書記、正史に宴会記録を記述しますか。奈良時代の朝廷は大馬鹿か、現在のすべての学者が馬鹿なのか。

 

※ 古代の朝廷は明治までの律令体制や律令国家作り上げた人々ですよ。

 

【許能彌企塢 伽彌鶏武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟々 伽彌鶏梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作 沙】

<要約>

倭國の遠い古代の道義・学問・文化を軽侮のたぐいでこわしている(批判)を付け加えた正史である、祖師の示した教えで、旅立ちで渡唐し入手したが、昔の書で月日を経ている。

※ 当方がでたらめ誤訳をしていたら ※鶏武=けいぶ=借字表音(仮名表音)軽侮=名](スル)軽んじあなどること。人を見下してばかにすること。「軽侮の念」 通常、このような熟語は知りえません。

 

<要約>

 

ここに、中国から自分と自分以外の者が持ち帰った正史はるか昔で、これはえこひいきするものである。

 

<要約>

正史は本来知識を得させ、その教養が増すことを手本として要素にしたものである、(氐々=亭々⇒はるかに遠いさま)遠い古代の道義・学問・文化を欺く正史にしてはならないが野次の正史である。

<要約>

ここに、多くの正史をまとめて上梓するに当たり、良いものと悪いものを選り分け写す、上巳=陰暦3月初の巳の日,33日。

 

<まとめ>

  • 適正な漢字熟語をインターネット辞書でひらがな検索して並べてつなげただけです。接続詞⇒于⇒ここ-に、ああ、おい-て、よ-り、を、に、いは-く、ゆ-く。

 

古事記、日本書記、古代中国の正史も正確に記述されています、2300年間養われた五経基軸文法にたかだか300年間のでたらめ誤訳で解読できるはずが無い。

 

当方も漢文史記の表層解読にいたったばかりで、深層文章の意味まで到達していません。

 

漢字圏の古代史記に、運も幸いし到達できたのです、漢字圏で研究されている研究者、学者はこのような文法の存在が理解できず、中国の古代史記に呉音(百済音)を採用して意味不明、ひどい解釈では訓音も採用、古代の日本人を愚弄している。

 

※ 要約が三つに分かれているのは、漢字一字一句を詳細に解読し、借字表音(仮名表音)を適正な熟語、故事成語に当てはめています、漢字の字数の増減はありません。

 

※ 接続用語は借字表音(仮名表音)の近くに存在し節文の文頭の接続詞を採用することは有りません。熟語、故事成語を採用する場合にも、接続された漢字を検索して適正な節文に導きます。

 

※ 句点から句点が一文節になり、読点は外します。ご教授できれば良いのですが、ブログでは全体を記述できません。

 

※ご興味のある閲覧者様がおられたらコメントをください。

 

※ 一節文の一部分を取り出して解読はできません、公比積算が借字表音(仮名表音)から適正な文章にするために不可欠なので、できません。

 

聖徳太子1400年遠忌 虚構? 実在? 論争巻き起こすミステリアスな人物像に迫る」

学問的にはと論じながら一文節すら解読できない研究者、学者が権威を振りかざし論じていることの方が滑稽である。

 

<学問的に解読できないでこじつけ解釈している学者様>

非実在論の発表以降、多くの批判もありましたが、学問的に納得できる反論はありません。改めて、聖徳太子は架空の人物であると断言します。

 

法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘(ほうりゅうじ こんどう しゃかさんぞんぞう こうはいめい)】

 法隆寺金堂薬師如来像光背銘 - Wikipedia

1 堓⇒学者様が表音解読できない漢字⇒つちへん+岸⇒がん⇔でたらめ表音。

 

大学教授、学者が、銘文の一文節をズタズタに切り刻み文頭に語尾(熟語・漢字を移動すると解読不可になり、公比積算もできません。

でたらめ解読のパレードあきれ返るばかりです、上記のような解釈を悪びれず公表することは罪悪である

 

 

以上

 

額田王⇒がくでんおう。の解読ブログは遠のくばかりですが、聖徳太子⇒せいとくたいし。を題材に解読します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八俣遠呂智 此三字以音 日本書記⇒八岐大蛇來呑。弖・氐・弖爾遠波・天爾遠波 五経基軸文法 以音 前編。

古事記、以音についての考察>

古事記は漢音表音仮名で記述しています、現在の呉音(百済音)が以音の基軸になっています時代背景が白村江の戦で敗戦し、唐の占領下で天智天皇が苦肉の策で二都市を実行。

歴代古代中国の属國倭国は重い租税を徴収され、天皇の号をぎりぎり許され、孝徳天皇の時代に倭国だけ限定で許された経緯をたどっています。九州筑紫は弟に天武天皇大友皇子には近江で弘文天皇

朝鮮楽浪までは、卑弥呼以前から倭国の属國なので魏國(魏志倭人伝国政調査団)も問題なく通過できました。

 

太平洋戦争の敗戦統治と同様の状況です、サンフランシスコ条約前に国史(正史)を記述するのですから国家機密になります。

 

古代中国より学んできた五経を基軸にした漢音表音仮名文法では解読されてしまいます、そこで呉音(百済音)を織り交ぜて記述していますが、百済が唐の属国になったので漏洩するおそれが生じます。

 

そこで文節のところどころに倭(やまと)言葉(訓読み)を織り交ぜ熟語を構成しています。叉、倒語文法で記述されている文節も多く、崩御、天変地異(地震の状況)の記述。

<古代中国と倭國(日本)の五経基軸文法の違い。>

1 古代中国の文法構成

殷(甲骨文字)の時代は文法構成が易・28宿を基軸に記載されています。甲骨文字⇒一字がそれぞれ数を持っています。漢字変換されたものは借字表音になります。

※ 事例⇒禹(う、紀元前1900年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。禹は黄帝の雲孫(八世の孫)にあたる(禹は舜の族父)。

※ 甲骨文字から漢字変換された記述。

 庚戌卜哉問雨帝不我□(借字表音)⇒こう ぼぶ さい もん うていぶが□

※ 卜⇒卜辞(とじ)ではありません。ト占(要素としては含んでいますが、漢文の解釈には関係ありません。卜⇒借字表音=ぶ。

<解読>

1 庚戌卜哉問雨帝不我□=庚戌(借字表音)=こうぼ⇒紀元前なので詳細は不明⇒庚戌年。⇒1段(行)公比積算=5。⇒庚戌5年⇒年の漢字はどこから引用したか疑問が残ります。

2 ト⇒ぶ=分=分ける⇒一段目(行)、二段目(行)の公比積算を分けて計算しなさい。

3 哉問(借字表音)=哉=さい=祭・歳、問=文⇒哉問=祭文⇒神を祭るときに読む文。

4 雨帝不我□(借字表音)=雨=う=禹・卯、帝=てい=帝・丁⇒雨帝=うてい=禹帝=禹(う、紀元前1900年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。禹は黄帝の雲孫(八世の孫)にあたる(禹は舜の族父)。

5 雨帝不我□(借字表音)⇒二段目(行)の公比積算⇒(雨帝不我)⇒積算数⇒51⇒意味不明。⇒一段目(行)積算数+556⇒意味不明。

6 □⇒易から引用。⇒申=しん=心=8⇒計算式=5+(518)=64⇒易学⇒64卦。⇒雨帝不我申(借字表音)。

7 不我申(借字表音)=不=ぶ=字源:象形。ふっくらとした花のつぼみを象る。「丕」「胚」の原字で、音を仮借し、否定の意味を生じた。

8 我申(借字表音)=我=が=自分。申(借字表音)=しん=心=こころ。⇒我心=自分の心

9 不我申=ぶがしん=自分の心ではない。

※ 歳⇒字源:会意。「戉」(まさかり)+「步」(時間の歩み)。元は「戉」のみで、年の収穫又は年の祭祀を意味した。夏代に用いられた「年」(殷代以降の用法、「稔」に共通)の呼称。

<注釈・要約>

禹帝=禹(う、紀元前1900年頃)⇒庚戌5年丁卯月雨、祭文⇒神を祭るときに読む文は自分の心ではない。59

<訳の分からない誤訳談義資料>

甲骨文字談義(3) 参照

諡号五経基軸文法で楽暦の表層は解明できます。>

※ 伊尹 (いいん) は、夏末期から殷 () 初期にかけての伝説的な政治家。

※ 魏志倭人伝イザナギスサノオの記述があります、邪馬壹国に狗奴國王イザナギスサノオが攻め込んできます、一度は魏國の調停で復立卑弥呼宗女壹與していますが、魏國が晋に禅譲時期で混乱していました。

※ 魏國の都都府はイザナギスサノオが人間的に最低と批判的です。イザナギは衰退する魏國を横目に晋の司馬 懿に使者を西暦249年に送っています。邪馬壹国は1度敗戦を味わいます。魏國の支援で復立します。

※ 傷を負っているスサノオは反乱罪で幽閉されます、⇒古事記の国産みの文節。⇒その後鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)⇒(げん はれんぶろしそうしゅうぶごうみこと)、西暦276年に晋の司馬炎朝貢しています。

※ イザナギ神武天皇の父親も祖は伊尹だと記述しています。⇒当方も疑いましたが、殷本紀⇒伊尹名阿衡。阿衡欲奸湯而無由,乃為有莘氏媵臣,負鼎俎,以滋味湯,致于王道。

※ 伊尹宰相、 吾夷 倭國端東島⇒借字表音(仮名表音)から浮かんできました。叉、乃・能の漢字がでてきたので解読できない神がいた、120町歩賜⇒乃=地神・能=弁神

 

※ 意富斗能地神大斗乃弁神(おおとのぢのかみ・おおとのべのかみ)は、日本神話に登場する神である。 神名は大地が完全に凝固した時を神格化したとする説がある。

 

※ イザナギが一度政権を取った西暦240年を建国として古事記に編さんされていますが、日本書記では氣長足 神功皇后政権時代に魏志倭人伝を入手したようで、魏國が批判的なので記述抹消。

※ 武宿禰爲太子答歌之曰、

 

※ 許能彌企塢 伽彌鶏武比等破 曾能菟豆彌 于輸珥多氐々 于多比菟々 伽彌鶏梅伽墓 許能彌企能 阿椰珥 于多娜濃芝作 沙⇒偉い学者が解読できないので歴史を捻じ曲げている。

五経基軸文法 解読>

中国の史書はえこひいきして、捻じ曲げて記述しているので信用できない。⇒色々な事柄が記述してありますが、簡略化すると以上となります。

 

※ 卅九年、是年也太己未。魏志云「明帝景初三年六月、倭女王、遣大夫難斗米等、詣郡、求詣天子朝獻。太守鄧夏、遣吏將送詣京都也。」

 

※ 権威ある研究者、学者も解読できないので神功皇后卑弥呼

 

※ 邪馬壹国⇒伊都國(邪馬壹國の都、(那國)額田王の記述によると、正統な天皇の血筋(血族)⇒伊尹が祖⇒卑弥呼⇒⇒⇒⇒代21雄略天皇 血筋、血族が途絶える。天智天皇天武天皇、正統な血筋が濃い。⇒八色の姓で皇族血筋を固める。

 

※ 持統天皇(大倭根子天之廣野日女尊)、文武天皇(倭根子豊祖父天皇)⇒諡号⇒正統な血筋、血族。⇒(大倭根子・倭根子)額田王も正統な血筋で参謀戦略である。

 

※ 狗奴國(イザナギスサノオ)分家血筋⇒伊邪那岐神⇒⇒鸕鶿草葺不合尊⇒神武天皇⇒⇒⇒雄略天皇まで(悪天皇)遠い血筋のイエスマン継体天皇)⇒⇒⇒第30敏達天皇、第31代。用明天皇あたりで血筋の血族が薄くなる。

 

※ いずれにしても、血筋の血族争い。

<総論 Ⅰ>

甲骨文字の時代、紀元前1900年~西暦700頃まで易学・27宿・五経を基軸にした公比積算、借字表音(仮名表音)の文法構成で古代中国では殷~唐時代、倭国卑弥呼以前より奈良時代(西暦700頃)まで連々と受け継がれてきました。

 

漢時代はすでに、五経基軸文法で正史は記述されています、魏志倭人伝も同様で借字表音(仮名表音)を正しく読み、公比積算を行うと各文節ごとに記述されている、

百餘國、三十國、七千餘里、千餘里、四千餘戸、二萬餘戸、五萬餘戸、百里、五百里等は公比積算でこの数字が導きだされないと、借字表音(仮名表音)に間違いがあるということで熟語、故事成語/故事成句が解読できません。

 

魏國に対して邪馬壹(臺)國の自己上申は=露田(田んぼ)面積合計は七百里、伊都國、奴國、不彌國で実測検分した後に(自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶、記述)。

次有巳百支國~次有奴國 此女王境界所盡まで21ケ國の記述は魏國の天子に上納する倭國の国税調査報告書の記述。

 

その他、都都府の土地、建物の提供、魏國の役人の給料、現在の米軍基地の負担金と同様で、倭国の優れた刀鍛冶、神獣鏡の職人を魏國に提供、女性は優れた染色、絹織物の織子。

 

この時代の魏國は揚子江と運河が整備されていないのと、北方なので米の収穫ができないので、難升米または難斗米(なしめ/なとめ、生没年不詳)でたらめ誤訳。

 

※ 魏國の租税として、難升米借字表音(仮名表音)⇒舂米(しょうまい/つきしね/つきよね)⇒南舂米なん(しょうまい)、武器⇒弓・矢、現在の祇園祭りの山車に飾られている絨毯、真珠、朱、金、銀等。

 

※ 古代中国で、この文法がいつの時代に消滅したかは不明、新唐書まではこの文法で記述されている。

<総論 Ⅱ>

倭国、日本の五経基軸文法は古事記・日本書記、万葉集に史実、史書、記述として残されていつが、でたらめ誤訳が連々とされ歴史史実として正論のようになっているので、手の付けようがない。

 

古事記・日本書記を誤訳した吉田神道、本居 宣長を含め、明治、昭和、平成の馬鹿学者が誤訳していることが悪の根源。

 

古事記・日本書記・万葉集に編さんされた記述は古代中国の五経基軸文法を応用して漢音(借字表音・仮名表音)、呉音=百済表音⇒注以音としていますが、

 

以音は漢字を分解して部首・字根(現在の中国で漢字検索するための漢字検索ソフト)を表音にして公比積算に割り当てます。

 

古事記⇒別天神五柱~神世七代⇒自本在八稚女。是高志之八俣遠呂智 此三字以音 毎年來喫、今其可來時、故泣。」爾問「其形如何。」

※ 注⇒訓の指示はありません。八俣遠呂智⇒誤表訓⇒ヤマタノオロチ 正解表音⇒八=ハチ(漢音)、俣(日本独自の漢字)=訓のみ、音読みはありません。=また。

遠⇒エン=呉音=百済音⇒以音、呂⇒ロ=呉音=百済音⇒以音。

日本独自の五経基軸文法活用)

1 俣⇒分解⇒人・口・天⇒漢音・呉音の借字表音(仮名表音)⇒じん、にん、こう、てん⇒この表音を公比積算に加える。今回は⇒口=こう⇒候

 

2 智⇒漢音、呉音⇒チ。今回⇒智⇒分解⇒矢・口・日⇒借字表音(仮名表音)⇒や・こう(ジツ・ニチ・ニッ)⇒この表音を公比積算に加える。今回は⇒矢=や⇒哉。

 

※ 八俣遠呂智⇒漢文音読⇒はちこうえんろや⇒適正漢文⇒八候遠路哉⇒前後の文節⇒自本在八稚女。是高志之八俣遠呂智 此三字以音 毎年來喫、今其可來時、故泣。」爾問「其形如何。」

 

※ 漢字(表音(仮名表音)⇒一字一句を熟語、故事成語/故事成句で検証して解読いたしました。余計な表音を加えたりは、文法ルールを逸脱しています。

 

<要約のみ>

若い本妻八稚女。伺候・祗候⇒貴人のそばに奉仕すること。皇嗣天皇・天子のよつぎ。皇位継承の第一順位にある者。(之)八候。遠路、(哉)毎年、来(喫=かい=飲む)来会、欣喜、(季夏・貴下)、来時、故宮

 

自問、自門、貴兄、亀鏡⇒きけい、手本となるもの。模範。ききょう。※形⇒表音⇒(けい・ぎょう)

じょか〔ヂヨクワ〕【女媧】

中国古代神話上の女神。人首蛇体。伏羲(ふっき)と夫婦、また、兄妹ともされ、人類の創造主とする伝承もある。一説に、三皇の一人。泥をこねて人間をつくり、天が崩れそうになったとき、5色の石を練って天を補修したという。

 

※ さん‐こう〔‐クワウ〕【三皇】⇒ 中国古代の伝説的な三人の天子。伏羲(ふっき)・神農(しんのう)黄帝、燧人(すいじん)・伏羲・神農、伏羲・女媧・神農、天皇(てんこう)地皇人皇など諸説がある。→五帝

※ ご‐てい【五帝】⇒中国古代の五人の聖君。諸説があるが、「史記」では黄帝・顓頊(せんぎょく)・帝嚳(ていこく)・尭(ぎょう)・舜(しゅん)

 

※ 表音⇒(けい・ぎょう)⇒ぎょう〔ゲウ〕【尭】⇒古代中国の伝説上の聖王。五帝の一。暦を作り、無為の治をなした。後を継いだ舜 (しゅん) とともに後世理想の天子

とされ、その政治は「尭舜の治」と称される。

<備考>

ヤマタノオロチを崇拝している閲覧者のみなさまへ

 

日本書記⇒八岐大蛇來呑⇒借字表音(仮名表音)⇒はいぎたいしゃらい(どん⇒以音=こう)⇒八岐=はちぎ⇒八議・六議⇒中国、唐代の裁判で、罪を減免した八つの条件。議親・議故・議賢・議能・議功・議貴・議勤・議賓。→六議(りくぎ)

 

※ 六議(りくぎ)律令制で、刑の減免など刑法上の特典を受ける六種の資格。天皇・皇后などの親族である議親、天皇と特別の関係を持つ議故、特に徳行のある議賢、特に才能のある議能、特に勲功のある議功、三位以上の官人である議貴の六種。→八議

 

※ 大蛇來呑⇒借字表音(仮名表音)⇒たいしゃらい(どん⇒以音=こう)⇒大蛇=たいしゃ=1 たい‐しゃ【大赦】、2 大射(たいしゃ)。 

 

 1 たい‐しゃ【大赦】⇒ 恩赦の一。政令で定めた罪について、有罪の判決を受けた者に対しては判決の効力を失わせ、まだ有罪の判決を受けていない者に対しては公訴権を消滅させるもの。律令制の刑罰免除の一。死罪などの重罪をも許したこと。

 

 2 大射(たいしゃ)。 ⇒じゃ‐らい【▽射礼】⇒主に平安時代に宮中で行われた年中行事。正月17日に豊楽院(ぶらくいん)または建礼門の前で、天皇臨席のもとに親王以下五位以上および六衛府の官人が参加して射技を披露したもの。終了後には宴が開かれ、禄を賜った。大射(たいしゃ)

 

※ 來呑⇒借字表音(仮名表音)⇒らいどん⇒文脈が繋がらないので以音⇒らいこう⇒らい‐こう【来貢】⇒貢ぎ物を持って外国の使者がやってくること。

 

※ 宴⇒呑む(どん)以音⇒こう=口

 

これでも、大蛇崇拝して呪縛から覚めない方は神話の世界で頑張ってください。

 

古事記・日本書記・万葉集に編さんの公比積算文法について>

短文節⇒人名・諡号等⇒年齢及び生前の略歴が記述された居ます、女性で本人より子供が先に他界した場合はマイナス1歳のひき算積数。

 

十市皇女 参赴於伊勢神宮時 見波多横山巖 吹芡刀自作歌

十市皇女3歳)

上巳の節句伊勢神宮儀礼

※ 見波多横山巖⇒要約⇒目に入る波は多幸(爽快な気分のことで)千貫(せんがん)⇒転じて、非常に重いことや高価なこと。香煎⇒麦焦がし,麦粉菓子とも書く。巖=がん⇒含=ふくむ。口の中にいれる。巖=けわしい。けわしい所。切り立った所。

 

※ 吹芡刀自作歌⇒吹⇒ふく。口をとがらせて息をはく。芡⇒鬼蓮(おにばす)。スイレン科の水草の名。刀=とう=ふね。小さいふね。小舟。自作歌⇒しさか⇒みずから。自分から。自分で。つくる。新たにこしらえる。うたう。節をつけてうたう。音楽にあわせてうたう。

 

※ 上記の文節は6漢字ですが公比積算は2727宿を表しています。27宿は祝い事、儀礼の公比積算が多く示します。

 

※ 神社、稲荷の奉納儀式は易の34卦・64卦⇒八卦になります。

 

※ 古事記、日本書記、万葉集等の文節は通常⇒公比積算⇒100(百)、長文文節⇒200(二百)で構成されています。漢音、以音(百済音)、字根が正しいことを意味してまいす。

 

※ 文節の定義⇒句点~句点の間。古事記、日本書記、万葉集の印刷物本には(句読点・スペース)記述されています、熟語、故事成語/故事成句がバラバラになり解読できません。

 

※ 記述されている漢字の一字一句はあまり意味がありません。借字表音(仮名表音)⇒表音を基軸にします。ただし、関連した記述漢字も構成されています、これをヒントに解読を進めます。

 

※ 借字表音(仮名表音)⇒検索は【ウイクショナリー日本語版】漢音、呉音(百済音)、訓音、⇒字根は字源の部首をクリックして読み取ります。

 

  • 熟語の検索方法⇒通常の配列熟語は⇒①②③④⇒熟語 1 ①②、熟語 2 ③④ですが、古事記、日本書記、万葉集は⇒1 ①②、熟語 2 ②③ 3 ③④で多くが構成されています。

 

※ 熟語が波のように覆いかぶさっていて 1 の表音で二つの意味の熟語、2 が三つ~四つ、3 が一つ屏風を広げたように隠された記述出てきます、この文法手法は短文節で記述できているのです。

 

< 閲覧者のみなさまへ>

九・九とは⇒八十一が浮かびますよね、古代中国、倭国、日本の中枢貴人は素晴らしい能力を備えていたのです、当方も、最初はちんぷんかんぷんで、ようやく史記の表層解読に行きつきました。

 

ブログの投稿記事だけでは、五経基軸文法の解読方法をお伝えすることはできません。

 

※ 表音をたよりにPCのネットで【Goo  辞書・weblio 辞書】⇒時代背景を考慮して検索します。

 

※ 五経基軸文法は一定のアルゴリズムで構成されているのでAI開発すれば正しい解読ができます。

 

※ 公比積算に必要な漢字が記述されていいます日本独自の漢字⇒弖⇒一説に、氐が変形したもの。漢籍に用例が見られず、国字とされる。訓読み : でたらめ解説。

 

※ 公比積算に必要な漢字が記述されていいます日本独自の漢字⇒弖⇒一説に、氐が変形したもの。漢籍に用例が見られず、国字とされる。訓読み : でたらめ解説。

 

弖⇒漢音⇒きゅう⇒九ですが公比積算に採用するため、⇒(9-18)⇒一を引くということです。8=八=はち⇒訓読み⇒弖(借字表音(仮名表音)⇒や=哉(也、別の漢字もあります。文節の文脈で異なります。)

 

氐(てい)⇒借字表音(仮名表音)⇒丁⇒1甲・2乙・3丙・4丁⇒氐⇒三=3

 

※ 弖爾遠波⇒借字表音(仮名表音)⇒やにとおは⇒公比積算⇒20。弖爾乎波⇒借字表音(仮名表音)⇒(やにやは・やにか(こ)は)⇒公比積算⇒1813。天爾遠波⇒借字表音(仮名表音)⇒(てんにとおは・あまにとうは)公比積算⇒

 

公比は前後の文節句点で構成されているので、一部の漢字を切り取って意味を求めていても無意味。

 

※ 阿弖流爲⇒(アテルイ)通説⇒人名。馬鹿学者の論法。表音もでたらめ。

 

1 (比レ至二賊帥夷阿弖流為之居一 ・丁酉斬二 夷大墓公阿弖利為 盤具公母禮等一 )⇒文節の一部漢字

 

※ 比レ至二賊帥夷阿弖流為之居一⇒倒語文法⇒ 一居之為流弖阿夷帥賊二至レ比。※ (要約)大きな建物(寺)の屋根の両端の⇒(レ型)し‐び【×鴟尾/×鵄尾/×蚩尾】おいた、死後も残るだろう。⇒公比積算⇒6464

 

※ 日本後紀 延曆廿一年⇒記述文節。通説誤訳夷大墓公阿弖利(流)為・盤具(盤力)公母礼等を斬す、ここまででたらめ誤訳だと滑稽である。

 

 研究者¥学者は解読できないと、人名、役職、に勝手に解釈して漢字も変更。他の類似した文節を引用して利(り)⇒流(りゅう(に変更、盤具⇒(盤力)表音も読めないのに変更。

 

斬=借字表音(仮名表音)=セン、ザンではありません、※まして斬すなどと誤訳して⇒後の文節も斬す。

 

※ 日本後紀⇒勅撰史書⇒勅撰集(ちょくせんしゅう)は、帝王(日本においては天皇上皇)の命によって編纂された書物、もしくは帝王が記した書物のうち特に公式のものとして認められているものを指す。

 

※ 勅撰史書⇒勅撰集(ちょくせんしゅう)⇒斬す。⇒斬す。⇒斬す。など記述するわけがない。馬鹿丸出し。

 

※ 丁酉斬二 夷大墓公阿弖利為 盤具公母禮等一、倒語文法⇒一等禮母公具盤為利弖阿公墓大夷二斬酉丁 、※ 馬鹿学者の解読で読めないと必ず人名にする。⇒夷大墓公阿弖利為・盤具公母礼等を斬す。

 

<倒語文法⇒勅撰史書、要約>

※ いちたいれいぼこうくけついりやあこうぼだいにせんゆうとう⇒一体、令母、母后、口訣、決意、利、哉、阿衡、皇謨、代位、二、宣、優等。

 

  • 元来令母(敬語)皇太后の口伝意向が役立つのではないか、阿衡⇒摂政関白の意は天皇が国家を統治する計画、二宣は優れている。

音読み(おんよみ)とは、日本語における漢字の字音による読み方である[1]

音読み - Wikipedia

 

音読みには呉音・漢音・唐音(宋音・唐宋音)・慣用音などがあり、それぞれが同じ漢字をちがったように発音する[2]。たとえば、「明」という漢字を呉音では「ミョウ」と、漢音では「メイ」と、唐音では「ミン」と読む。

 

漢音は7、8世紀、遣唐使や留学僧らによってもたらされた唐の首都長安の発音(秦音)である。呉音は漢音導入以前に日本に定着していた発音で、通説によると呉音は中国南方から直接あるいは朝鮮半島百済)経由で伝えられたといわれるが、

 

それを証明できるような証拠はない。唐音は鎌倉時代以降、禅宗の留学僧や貿易商人らによって伝えられたものである。

 

訓読み(くんよみ)とは、

訓読み(くんよみ)とは、日本語において、個々の漢字をその意味に相当する和語(大和言葉、日本語の固有語)によって読む読み方が定着したもの。一般にひらがなで表記される。字訓(じくん)または単に訓(くん[1])ともいう。漢字の中国語における発音に由来する「音読み」と対照される。

歴史

古事記』などでは万葉仮名で古訓による訓注がつけられているが、その訓は一つの漢字に対して複数存在し固定的ではなかった。平安時代末期(12世紀)に成立した漢和辞典『類聚名義抄』では1字に30以上の訓があるものがみられる。これは、漢字が本来、中国語、つまり外国語を表記するための文字であり、日本語の語義と一つ一つが一致しないためである。

 

万葉集 第 2 92番 鏡女王

秋山之樹下隠逝水乃吾許曾益目御念従者⇒あきやまの このしたがくり ゆくみづの われこそまさめみおもひよりは

秋山の 樹(こ)の下隠り 逝く水のわれこそ益さめ 御思(おもほす)よりは。 

秋山の木陰をひそやかに流れゆく水のように私の方こそ深く思っている事でしょう殿下が思っている以上に。

 

※ 権威ある研究者、学者の解釈。

 

 

五経基軸文法の要約>

秋山之樹下隠逝水乃吾許曾益目御念従者⇒借字表音(仮名表音)⇒しゅうせんししゅかいんせいすいだいごきょそうえきぼくきょねんじゅしゃ。

 

西暦699年秋、(神無月=103日寅刻、修撰、秋扇、秋扇、去年、㐂寿を迎えた、院政=現職を引退した人が、なお実権を握っていること。隠棲、修撰は精粋、清粋。

 

㐂寿に文武天皇から御見舞神饌(醍醐⇒ヨーグルト・チーズ)、御見舞蘂乃(蘇=チーズ)賜物。

 

老身で目(眼)病を患い、顔も醜く、嬬(齢)78歳。都、新益京、木魚、念、(佛)従者。勿⇒無。

㐂寿:西暦698年、77

諡号:牽牛子

 

  • 鏡女王は、昨年喜寿になり記述時は78歳、馬鹿学者の誤訳でどうにもならない状況。

 

※ 西暦676年(天武2年)天渟中原瀛眞人天皇 天武天皇 ⇒二年春正月丁亥朔癸巳、置酒宴群臣。⇒⇒⇒省略⇒天皇初娶鏡王女額田王、生十市皇女

 

※ 天皇初娶鏡王女額田王⇒52歳、生十市皇女3

 

次回、投稿は額田王史記を基軸に解読。